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ギドラの巣「新」映像作品掲示板

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ただいまゴジラ祭り開催中!
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『さらば愛しきゴジラよ』 - エクセルシオール (男性)

2018/09/12 (Wed) 22:21:52

 『さらば愛しきゴジラよ』(佐藤健志著、読売新聞社)。これは1993年に出版されたゴジラシリーズの批評本です。この本を以前読んだのはずいぶん前なのですが、最近久しぶりに読む機会がありました。

 この本の構成は、⓵分析、⓶提言、⓷小説に分かれています。まず、ゴジラシリーズは行き詰っており(当時はVSシリーズの半ばである)、なぜそのようになったのかを分析し、次にシリーズを完結(再生ではない)させるための方法論を提示し、最後に著者自らが
上記方法論に則って「ゴジラ完結編」という小説を書いています。なお、著者は小説について「近年のゴジラ映画より優れていると確信している」と述べています。

 けっこうな自信なのですが、正直、私は分析論に一理ある部分があることは認めつつも、賛同はできませんでした。著者はある種の「初代ゴジラ原理主義者」であり、その後のシリーズ、特に『怪獣大戦争』以降の作品をやれ「お子様ランチ」だとか、「怪獣プロレス」だとかと散々罵ります。驚くべきことに著者は「大人向け」でない作品には価値がないものとみなしているようでした。これはあまりにも偏狭でしょうし、怪獣映画の一番の支持者が子ども達であることも忘却しています。

 次に筆者が「最後のゴジラ映画」を作る方法論がまたすごい。⓵ゴジラを「内からの脅威」として描く(人間社会にゴジラ来襲の責任がある)。そして、ゴジラは人の手によって殺されねばならない。⓶「人間の正義」を否定する。⓷グランド・ホテル方式(特定の場所や事件を媒介として、それと関連した相互に無関係な人々の行動を交互に描いていく方式)を排除するため、主人公はゴジラ撃退に直接の責任を負う自衛官でなければならない。⓸ゴジラ来襲をめぐるドラマは、主要登場人物間における性の葛藤のドラマと重ねられねばならない。⓹主人公にとって、ゴジラ攻撃と自分の性的欲求の充足は、象徴的に同義でなければらなない。どっから突っ込んでいいのか分かりません(⓵前半と⓶については作品の性質によっては重要なこともあるだろうが、それ以外は・・・・)。
 特に⓸と⓹に関しては、著者の特異な初代ゴジラ解釈が影響しています。いくら読んでも理解できない部分なのですが、著者は『ゴジラ』(1954年)を芹沢博士を中心としてみれば「自分の性欲に罪悪感を覚えて欲求を抑え続けてきた性的不能者が、死と引き換えに性的充足を味わう物語」であると考えています。うーん・・・、もはや深読みのし過ぎどころか妄想ですね。

 では、著者が自信をもって執筆した「ゴジラ完結編」とはいかなるものか?これが日本が核武装した世界を舞台に(この時点でずいぶんすごいことになっている)、ゴジラはテレポーテーションで移動して世界各地を襲い、しかもゴジラが暴れた場所には巨大植物や巨大昆虫がはびこって人が住めなくなってしまいます。ゴジラとは地球自体が送り込んだ人類矯正の使者であり、それを倒すことは地球の意思に反するという設定です。しかし、主人公の自衛官はあくまで「人類のため」という大義名分のもと、衛星から放つレーザー砲によって地球環境の破滅と引き換えにゴジラを倒します。面白い部分もありますが、全体的に見れば「なんじゃこりゃ」という代物です。

 何とも素敵なことに、著者は「故・本多猪四郎監督に本書を捧げる」と書いています。ここが一番理解できません。何たってこの本では初代ゴジラ以外の作品の評価は低く、『怪獣大戦争』以降はほぼ全否定しています。本多監督が担当したゴジラ映画も大半が批判の対象であるのに、よくもまあこんなことが言えたものです。本多監督も苦笑いしているでしょうね。

 90年代と言うと特撮やアニメと言ったサブカルチャーのステイタスを上げるために、さまざまな大人向け解説本が出版されだした頃でした。この本もその一つですが、あまりにも珍妙な内容のため、今では「トンデモ批評本」という評価もあるようです。
 ただ、「お子様ランチ」だの「怪獣プロレス」だのといった決まりきったゴジラ映画(特にチャンピオン祭り時代)への悪口は、今でも極めて強力です。いいかげんそのような偏狭な見方こそ払拭されるべきでしょう。
 
 もはや「奇書」の類かもしれませんが、機会があれば目を通してみてください。もしかしたら、何かの役に立つかもしれません。



Re: 『さらば愛しきゴジラよ』 殿様ギドラ (男性)  URL

2018/09/14 (Fri) 18:30:12

 ありましたねぇ、「さらば愛しきゴジラよ」・・・。
発刊当時たしか新聞に広告が出ていて、早速本屋に走って確認の立ち読みをしました。
当時のゴジラVSシリーズには私もそこそこ不満を抱いておりましたので、ひょっとしたら仲間を見つけられるんじゃないかと期待したのです。

 ところが、ゴジラを殺してシリーズを終わらせるしかないという結論に、なんだコイツもゴジラ=敵論者か、とがっかり。
ほかにもいろいろおかしなことが書かれていて、怒り心頭に。
ガンバレルーヤよしこちゃんのように「クソが!」と叫んで本を書棚へ叩きつけると書店さんにご迷惑なので、
無言でそっと棚へ戻しました。

 その後、雑誌「宇宙船」にたしか当時の編集長が「さらば愛しきゴジラよ」への反論記事を書いていて、
ゴジラファンが頭に来るのは当然だよな、と思いました。

 ちとひっかかるのは、vsシリーズの幕引きがゴジラを死なせる形だったことです。
まさかあの本の影響を受けたわけじゃないでしょうね。

 というわけで、購入してはいないので詳しい内容主張は知らないままだったのでした。

 このたび、エクセルシオールさんの解説でどれほどトンデモな内容だったのかがわかって怒り再発ですよ。

 いるんですよ、フロイト学派か何か知りませんが、なんでもかんでも性衝動に結びつけたがる輩が。
そりゃ、人間が創作する表現には性衝動に結びついた暗喩が多くあるのは認めますよ。
けれども、あれもこれも性的表現なのだと読み解いてみせるのもおかしなことで、
そんな頭で映画を見るなら、作品本来の表現を見逃して自分勝手なエロ妄想を創作するのがオチ。
そう、鑑賞ではなく創作しちゃってるのですよ。

 映画の中にとにかくエロを見つけたい人というのは、どうやら性衝動の話に持って行けば小難しい作品でも簡単に解体して見せたことになると思っているようです。
そして、我こそが真実に気がついているインテリなのだよと言いたげなところが実に鼻につく!

 それより腹が立つのは、そんなエセインテリが書いた妄想をありがたく頂戴して、自分も頭が良くなったように勘違いしている輩。
えー、大丈夫なんでしょうか、アニメゴジラ。
地球環境が木ジラ(ゴジラの1ファンさんの案を使いました)のせいで変化しているわけですよね。なーんか、この佐藤某の「ゴジラ完結編」に影響されているような。

Re: 『さらば愛しきゴジラよ』 - 海軍大臣 (男性)

2018/09/14 (Fri) 19:05:27

「何でも性に結び付けたがるフロイト学派が天体望遠鏡で女湯を覘く」なんて戯れ歌がありましたが、私も当時この本に激怒したクチです。
 ゴジラやウルトラに「アダルトな作風」だとか「大人の鑑賞に堪えうる」といった評価で作品ごとの優劣が付けられるようになったのは、70年代末~80年代初頭に、洋画SFやアニメファンの下風に甘んじていた特撮ファンの状況を打破しようと、池田さんや竹内さんたち先達の一部が書籍やサントラの解説書あたりでやり始めたことだったと思います。
 活字の魔力ではありませんが、一時期、そうした先達たちの書いた意見をそっくりなぞったファン(つまり、自分の意見を待たない人たち)が多く発生していた時期もあって、私のようなヘソ曲がりな作品の嗜好(たとえば【オール怪獣大進撃】が好きだとか)を持つ人間は攻撃の槍玉に上げられたものです。
 何とか特撮ファンの地位を確立しようとした池田さんたちの気持ちは理解できるのですが、悔恨を後世に残してしまったことは残念です。


 それじゃあ、本当に大人向きのゴジラ作品にしか価値が無いかというと、決してそんなことは無くて、ふと以前、ライターの樋口尚文さんがトークショーで語っていられたエピソードを思い出してしまいました。
 樋口氏は幼児期に【ゴジラの息子】を劇場で見ているのだそうです。当然、あのシリーズ屈指の名ラストシーンを目の当たりにして大変な感動を覚えられたのだそうですが、まだ幼児だった同氏は、それを自分の感情として表現する術が判らず、それを抱えたまま家に帰り、夜になって寝てから(映画を観て半日が経っている訳です)突如として号泣し、両親を困惑させたと聞きました。ともかく樋口氏が「映画に感動した」のは初めての体験だったそうで、
子ど向けに「堕した」とレッテルの貼られがちな時期の作品にもこれだけの力があることを、昨今のシンゴジラブームでファンにばられた方々にも今少し理解していただきたいと考えます。
 

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