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ギドラの巣「新」映像作品掲示板

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円谷英二監督生誕119年 拾遺 - 海軍大臣 (男性)

2020/07/12 (Sun) 07:30:46

 前々から矛盾を覚えたいたことが一つ。

 よく円谷英二年譜の中で、「昭和8年12月に当時在籍していた日活重役立ち合いの下、スクリーン・プロセスの試験をおこなったが、上手くいかなかった」との記載があります。
 ところが小学館から出ている円谷英二写真集に掲載の、同試験に関する新聞記事には、如何にも「スクリーン・バック技術が完成された」といったニュアンスが見られ、世に伝えられている「結果は不首尾に終わった」との文意は読み取れません。
 更に不可解なのは、同記事では続けて「海外メーカーに発注済みのセルロース製スクリーンが到着した暁には、云々」だとか「圓谷技師設計による大型ホリゾント施設が来春には建設される」などといった、かなり発展性を含んだバラ色した記述が散見できるのです。
 これを一体、どう理解してよいやら悩んでおります。当時の日活での円谷さんは、いわば「外様」といった立場にあったことは犬塚稔さんの発言などでも明白ですから、そうした状況下では新たに特撮用の大規模施設を作ると云った大風呂敷を広げることを円谷さんが独断でおこなうなんて、ちょっと考えられない様に思われるからです。
 また、近く海外から到着するというセルロース・スクリーンも、その後どうなってしまったかも気になります。開戦前後だっか、映画誌上に特殊技術に関する座談会の様子が採録された際、同記事中で日活での特殊技術を代表するポジションにあった横田達之氏が、そうした研究は同社では全く行われていないとの苦言を呈されていることを思い合わせると、左記の実験から日数を置かずに起こった円谷さんの日活退社と同時にクーリングオフされてしまったんじゃないか、なんて想像も浮かんできてしまいます。

Re: 円谷英二監督生誕119年 拾遺 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/12 (Sun) 16:50:33

 あっ、その件はまったく意識していませんでした。

「定本 円谷英二」の年譜と「円谷英二 日本映画界に残した遺産」の記事写真を比べてみました。
謎ですね。新聞記事(昭和8年12月25日大阪朝日新聞)は円谷式スクリーンバックと特殊オープン・ホリゾントで日活が躍進するだろうという内容ですね。

 その後の事実を考えれば、翌年早々日活を退社している(という新聞記事も写真集には載っている)わけですし、
「定本 円谷英二」の年譜昭和9年の項によると一郎さん宛の手紙で、「昨日までは例のスクリーンバックと云う新しい撮影上の機械を作って居りました・・・」と書いているのですから、
昭和8年12月25日のテストは不首尾に終わったと考えるのが妥当かと思います。

 ではどうして成功したと読める記事が載ってしまったのか。

 こういう推論はどうでしょう。

 新聞社に対して日活から映画の新技術のテストをやるから取材してくれ、という依頼があり、大まかな内容は事前に新聞社へ通知されていた。
(テストがうまくいけば?)アメリカへセルロース・スクリーンも注文する。スクリーン・バックの他にも特殊なオープン・ホリゾントの計画もある。云々。

 事件事故のような突発事態でなければ、取材前に予定稿を書いておくことがあるのではないでしょうか。
この予定稿がそのまま新聞に載ってしまったということはないでしょうか。
昭和8年12月25日の新聞であるはずなのに、試験が行われたのも12月25日というのも解せません。
ひょっとすると「円谷英二 日本映画界に残した遺産」編集上のミス(新聞は26日のものだったとか?)かもしれませんが、
予定稿がフライングで25日の新聞に載ってしまった、というのはどうでしょう。

 当時の日活における特殊技術の研究は、やはり円谷英二の退社とともに雲散霧消してしまったのでしょうねぇ。

 追伸・くだんの新聞記事で、圓谷(たに)英二技師(ぎし)と読み仮名が振られていることに苦笑。やっぱり東京オリンピックまで誰も読めなかったのか?
須賀川の現地読みでは「つむらや」らしいですが。

円谷英二監督生誕119年ということで - 海軍大臣 (男性)

2020/07/07 (Tue) 23:09:08

【ハワイ・マレー沖海戦】の特撮が語られる際、かなりの頻度で「寒天で海面を再現した」とのエピソードが出てきますよね。確かに本作品製作時の記録写真には、同方法で撮影されているマレー沖海戦の一場面が残されてはおりますが、しかし、実際の作品中では使用されておりません。
本編中では、谷本機(索敵機)が雲間越しに英艦隊を望見する映像が2カット出てきますが、何れも「カンバス・アート」+「グラス・ワーク」で撮影されたものと推察されます。そう判断できる理由として、当該シーンには寒天をワザワザ使用した本来の狙いである「海面のギラギラ感」が全く出ておらず、またウエーキ(航跡)にしても正に絵に描いた平板さが感じられ、前掲した記録スナップに残る白波の繊細さなど微塵も感じられ無いからです(その後、攻撃開始直前の立花機からの俯瞰ショットには、恐らく演習時に撮影されたと思われる実写の記録フィルムが使われています)。
そうなって見ますと、いくら撮影時のスナップが残っているとは言え、実際の完成作品中には1ミリも出て来ない特撮テクニックが無責任に持て囃された挙句に、「だから円谷特撮ってスゲエ!」などとする、贔屓の引き倒し的な見解に短絡してしまうのは如何なものかと考えてしまう訳です。これなどは前回取り上げました「GHQが特撮シーンを実写と勘違いして、云々」とする風説と全く同レベルの、困った問題だと思われてなりません。
なお、本作品公開時の映画雑誌などでの円谷さんの発言を見ていきますと、戦後作品とは違って、意外や寒天使用に言及した発言は見当たらず、艦隊の俯瞰カットの撮影方法として、海面代わりにネズミ色に塗った大きな板の上に小型の軍艦模型を並べ、ウエーキはそれらしい形に切った布を用いた…などとしています。やはり当時の映画誌上での【海軍爆撃隊】の特撮テクニックに関する発言中に「ミニチュア飛行機のハンギング(操演)方法には、社外秘のため公表できないものがある」とあることを考えますと、当時はまだ「寒天の海」は同様の秘密テクニックだったのかも知れませんね。なお余談ながら、この方式で艦隊の俯瞰場面を撮る際、モノクロフィルムを使用する場合には、白く写したい雲や航跡は黄色く着色するのだそうです。これは同フィルムの感色度の関係で、黄色い色彩の方が白よりも抜けが良いからだと聞きます。
 また、そもそも海面を表現するのに寒天を用いようと考えた発想についてなのですが、初出を失念しましたが確か旧作版の【十戒】(もちろん戦前作られた白黒の方です)での紅海が割れる有名な特撮シーンで、モーゼたちが渡った「割れた海」の側面部分を表現するのに、カメラのレンズの脇に食用の「ゼリー」を置いて撮影した、との文章を見た記憶がありますので、その辺りから連想されたテクニックだったのじゃないか、などと愚考しております。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/08 (Wed) 21:48:07

 そうでした、もう7月なんですよね。

 私も円谷特撮がすごいと言いたいばかりに話を盛ってしまうのはまずいことだと思います。
須賀川の円谷英二ミュージアムの解説に「日本で初めてスクリーンプロセスを行った」などと書いてあったのは修正されたでしょうか。

 モノクロフィルムでは黄色のほうが白く見えるという話は、たしかに何かで読んだはず、と思って心当たりを探ってみましたら、
「光線を描き続けてきた男 飯塚定雄」の中に、飯塚さんの談話で、モノクロ映画では青空をクリーム色で塗るという話が出ていました。
原理は同じですね。

 寒天の海を何から思いついたのか・・。
『十誡』のゼリーも有力な候補ですが、竹内博さんの推測では、
円谷さんは戦前版の『十誡』は見ていなかったんじゃないか、とのことで、さて、どうなのか。『十誡』も『十戒』も両方見ているような談話もあったような気もしますし・・。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで - 海軍大臣 (男性)

2020/07/08 (Wed) 23:49:12

>竹内博さんの推測では、円谷さんは戦前版の『十誡』
 は見ていなかったんじゃないか、

 に関しては正にご指摘の通りで、頭の痛い問題ではありますけれど、ただ、実見はしていなくとも専門誌などでの技術解析の記事などからゼリー使用の情報をチャッカリ仕入れていたことも想像できます。
 天活に入社した当初は「英語の読み書きが出来る」ことから重宝された、なんて話が残っていますが、実際のところ円谷さんは衣笠映画連盟時代の同僚によると、暇な時は衣笠貞之助がヨーロッパ土産に持ち帰った映画機材のカタログや技術書の類いに読み耽っていたとの証言を残していましたから、後年の我々が想像する以上の情報収集力を持っていたと推察されます。

 また問題の「我が国最初のスクリーン・プロセス」に関しては、マキノ正博監督が昭和4年の【首の座】で使用したのが初めてとの見解が一般的みたいです。この他にも昭和7年頃に松竹蒲田作品で使用された記録が残りますから、こちらもまた「円谷特撮スゲエ」と後年の人間が勝手に盛ってしまったエピソードであることは明白です。
 ただし、前掲した【首の座】は三木稔という天才カメラマンが職業的な勘を頼りに映写機と撮影機を手廻しで同調させたと聞きますし(殆ど神業ですけど)、松竹作品の方は不同期式という非効率な遣り方に頼っていて、メカニカルな方法でスクリーン・プロセス技術を完成させたのが円谷さんであることだけは確かだと考えています。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/09 (Thu) 19:19:34

 確かに作品そのものを見ていなくても、アメリカの映画技術誌などから情報を仕入れていた可能性は高いですね。

 そして、『首の座』という作品のことを全く知らなかったので、今回教えて頂いて大感謝です。
手動同期でスクリーンプロセスをやってのけたとは驚くほかないです。
 どこかで聞いた話で、初期の映画カメラマンはいかに正確にクランクを回せるかで評価されたとか。
(あれ? 海軍大臣さんから聞いた話かも)
『首の座』の次の年、昭和5年(1930)の松竹映画『進軍』にも背景を合成したカットがあって、スクリーンプロセスかな?と思われるのですが、ダニングプロセスを使ったという話もあって、そのあたりに気をつけて見直してみたいと思いました。
 昭和7年ごろの松竹蒲田作品というのは、円谷監督が「スクリーン・バックに就いて 附、私の実験報告」(昭和8年)で触れている『歓喜の一夜』でしょうか。
 円谷監督の文章を読むと、アメリカ式のスクリーンプロセスがどんな装置なのかはわかっていたけれど、コストがかかるために導入できずにいたということらしいですね。
 そこで、簡便な装置で素早く同期出来る円谷式を考案したというのが実際の所でしょう。
 アーノルド・ファンクが、こんな機械はドイツにもない、と言ったのは、スクリーンプロセス自体を指すのではなく、簡単に運用できて仕上がりのきれいな円谷式スクリーンプロセスのことを言ったはずです。
(さすがに『新しき土』(1937・昭和12年)のころにはドイツにもスクリーンプロセスの機械はあったのでは??)

 ここをお読みの皆さん、くれぐれもスクリーンプロセスという技法そのものは円谷英二が発明したわけではないことを覚えておいて下さい。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで - 海軍大臣 (男性)

2020/07/10 (Fri) 07:27:33

 題名の出た【進軍】には間違いなくダニング・プロセスが用いられています。たまたま撮影を見学した吉村公三郎監督が「飛行機のシーンで、青色の照明を当ててトリック撮影していた」との証言まで残っていました。
 ここで注目されるのは、よく円谷さんが同プロセス法について文章で書き残されたいる中で「海外文献には青バックの背景に、手前の人物に赤色照明を当てるとあったが、実際はこの逆の配色の方が上手くいった」とありますが、【進軍】では正に円谷理論の通りの撮影が実施されているのが判ります(ただし、この作品は円谷さんはノータッチ)。
 この赤と青の配色を海外テキストとは逆にしたというのは、当時の我が国映画界の照明技術の問題が絡んでいた様で、教科書通りに実施した日本の技術者は皆失敗しているとされます。【進軍】は牛原虚彦監督以下が1年もの研究期間を費やして撮ったと聞きますから、惨憺たる試行錯誤によって円谷理論と同じやり方に辿りついたものと推察されます。
 とは言え【進軍】のダニング合成が今一つ評価されなかったのは、実は円谷理論によると現像時にフィルムに含まれている臭化銀の粒子を洗浄しないとダメ(合成する背景が透けて見えてしまう)という落とし穴があるようで、松竹蒲田スタッフにはその辺りまで考えが及ばなかったのではないかと考えます。
 また最近、早すぎた特撮マンとして話題になっている松井勇(この人物がダニング法を持ち込んだとされます)が【爆撃飛行隊】などの自身の作品でこれを用いながらも失敗しているのは、飽くまでハリウッドで学んだ教科書通りの配色方法に拘ったからではないかと思われます。
 なお、円谷式スクリーン・プロセスの着想には結構凄いものがあるようですが、長くなりますので又の機会にしたいと思います。それでは。



 

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで - 海軍大臣 (男性)

2020/07/10 (Fri) 10:23:16

 御答えするのをうっかり失念しておりましたけれど、

>昭和7年ごろの松竹蒲田作品というのは、円谷監督が「スクリーン・バックに就いて 附、私の実験報告」(昭和8年)で触れている『歓喜の一夜』でしょうか。

 とは正しくその通りです。

 この作品の撮影は桑原昂カメラマンで、後に城戸四郎さんが東宝スタッフを引き抜いて大船撮影所内に特撮班を設立する際の責任者を務めることになる人物です。
 また本作はアメリカ映画【サンライズ】を意識した作りになっているそうで、かなり大胆な移動撮影を試みようとしたところ、本場ハリウッドとは違い、我が国の撮影機材の限界のため上手くいかず、カメラを固定したまま舞台セットそのものを回転させるという、トリック映画もどきの撮影をやったという逸話が残ります。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/10 (Fri) 18:38:29

 どうもありがとうございます。
『歓喜の一夜』については松竹のデータベースにタイトルが見られるだけで、ネットには何の情報も見当たらなかったので、
製作エピソードまで教えて頂いて感謝に堪えません。

 そして『進軍』の合成カットを中心に見直してみました。
以前見たときにはダニングプロセスを意識していなかったので、この時代に背景合成するのはスクリーン・プロセスかな、と短絡していました。
気をつけて見ると、背景のコントラストが全般に低く、カットによっては前景にある飛行機のボディーに二重写しになっている感じ(一応HDマスターのビデオを見ましたが、なにぶんフィルム状態が悪くて判然としません)があったり、
人物の輪郭が白く飛んでいるものがあったりすることから、ダニングプロセスであろうことがわかりました。

 youtubeに全編上がっているので皆様の参考のため、貼り付けておきます。1時間35分経過ぐらいから特撮シーンとなります。
残念ながら画質が悪く、合成の抜け確認には適さないかもしれません。

ちょっと付け加えると、コマ送りで見るとところどころに「内務省検閲済」という判子が押されているのがわかります。

 以前松井勇のことを教えて頂いたので、何か情報がないものかとネット検索してみましたら、高橋修氏による研究論文を発見しました。
その論文ではダニングプロセスとポメロイプロセス(松井勇はポメロイのもとで修行したのですね)を区別していないようでしたが、
円谷英二監督の解説(「定本 円谷英二」P122~P125「映画撮影学読本下巻」昭和16年)ではそれぞれ別の技術とされていますね。
このあたり興味津々なのですが、なにしろモノクロフィルム前提の合成術ですから、このご時世に素人が試せるはずもなく・・。

「スクリーン・バックに就いて 附、私の実験報告」で言及されている撮影機と映写機の同期法は原理の理解は出来るのですが、
映写機側の強力なモーターを撮影機モーターの回転に同期して(+-が反転しつつ)送られる電流で回転する直流モーターAの力でうまく制御できたのか??
とこれまた実験したくなったります。
円谷式スクリーン・プロセスが完成するのはさらに何年後かのことなので、カメラと映写機の同期だけでなく、スクリーンの工夫とかいろいろあるのだろうなと想像しています。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで - 海軍大臣 (男性)

2020/07/10 (Fri) 23:40:08

 改めて見直したところ、【進軍】のラストの汽車の背景はスクリーン・バックのようにも見えてきてしまい、悩ましい限りです。
 ダニングとポメロイのそれは昭和6年発行の『小型映画講座』シリーズという書籍中での解説でも混同されてしまっています。しかしポメロイ・プロセスは当時最新の天然色用のダブルベース・フィルムが必要となる様ですから、当時の我が国ではおいそれと手を出せない技術だと思われます。
 松井氏が自身の持ち帰った技術にポメロイの名を冠した理由は今となっては定かではありませんが、賢明な森岩雄氏までがこれに巻き込まれてしまっているのにも首を傾げざるを得ない気がしますね。高橋先生の推察しておられる、出版と映画製作の両方で、一種のメディアミックス式に松井氏を売り出して、起業資金を得ようとの算段があったとしても、あまりに羊頭狗肉的な修飾だったかと思われてしまいます。

 一方で円谷さんは当時の技術誌中で、ダニング・プロセスはモノクロ撮影にしか対応できない発展性の無い技術とバッサリ切り捨てている位で(既に先進的な映画人の間では、近い将来、映画が色と音声を持つことは当たり前だとの意識が持たれていました)、スクリーン・バックやオプチカルプリンターの開発にその分、力を注いだ方が良いとまで書いていました。
 ただ興味深いのは、【田園交響楽】などの経験でスクリーン・プロセスの限界(実は全く別の原因による失敗だったらしいのですが、円谷さんはそれに気づいていない様子です)を悟ると、直後から幾つかの作品中でダニング合成を臆面も無く使用している部分でしょう。実はJO時代から開発していた本命のオプチカルプリンターが昭和17年時点でも機能的に不完全だったことは、共同開発者の三谷栄三氏の発言から明らかであり、その完成を待つ間のストップギャップとしてのみ、ダニング合成を位置づけていたのだと思われるのです。
 こうした、一見は節操の無いような、臨機応変な思考パターンがあったからこそ、円谷英二は「特撮の神様」たり得た訳で、松井勇はじめ、同時期の特撮マンたちとは一線を画していたのかと考えます。
 また、件の松井氏を始め、師匠である枝正義郎氏などなど、同時代の特撮マンの多くは自前のスタジオなりプロダクションを持とうとした挙句、多くは資金的な問題で頓挫しています。企業と折り合いをつけていく老獪さも又、特撮を前進させる意味で必要だったことになるのだと思いますし、そのことを身に沁みて感じていたからこそ、日活に留まり続けていた横田達之氏を、いい意味で自身にとっての唯一の好敵手として見ていたのだろうとも想像されてくる訳なのです。

>映写機側の強力なモーターを撮影機モーターの回転に同期して(+-が反転しつつ)送られる電流で回転する直流モーターAの力でうまく制御できたのか??

 は確かに疑問が残りますね。どうしてもプロジェクターの方がフィルムの回転に負荷が掛かる関係上、より強力なモーターが必要になってしまいますから。モーターのシンクロ問題に関しては京都帝大の先生にまで相談してもラチが開かなかったとも聞きますし、また同時期に松竹の茂原茂雄カメラマンが自腹で開発したサウンドシステム(土橋式とは別のSMS式と呼ばれるもの)も、初期は画面と音声を同期させるモーターの不具合に悩まされている様ですので、こうした弱電関係の問題は当時の映画技術者が必ず受けねばならぬ洗礼だったのでしょう。
 それを乗り越えて円谷式プロセスは完成したのですし、茂原式トーキーも戦前の小津作品に決まって使用され、その名を残しています。
 後、スクリーンに関してはこれまた不可解な記述があるのですが、長くなったので、いずれ又お話させていただきます。

Re: 円谷英二監督生誕119年ということで 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/11 (Sat) 18:32:59

 いやもう本当にどうもありがとうございます。
知らなかったことをたくさん教えて頂いております。

 円谷英二の技術者としてのあり方、前回触れました「映画撮影学読本下巻」の最後に“先ず狙う効果の如何によって技術上のアイディアを練り、どのプロセスによることがより効果的表現を果たし得るかを第一に決定することが特殊技術の重要な問題となる”
と書き残しているところに表れているように思います。

 シナリオや演出が要求することを第一に考えるというのは一見当たり前のことですが、一歩間違えるとすでに確立したテクニックが目的化されてしまうことも起こりえます。
(着ぐるみでないとダメなのか?操演でないとダメなのか?)

 自らが開発したスクリーン・プロセスに固執しないところがまたさすが円谷英二監督と感じます。

蛇足ながら… - 海軍大臣 (男性)

2020/06/30 (Tue) 18:47:06

『映画「ハワイ・マレー沖海戦」をめぐる人々』に関して、円谷英二監督の戦争責任問題についての著者の見解がUPされたFacebookのURLです。
https://facebook.com/photo/?fbid=168173608050144&set=a.156615499205955

Re: 蛇足ながら… 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/01 (Wed) 18:43:34

 うむー、戦争責任を問う、戦勝国側による裁判には公正さなど期待できないというのは常識と言っていいんじゃないかと思っておりますが、
それでも円谷英二監督が公職追放処分になったことにはモヤモヤが残っています。
 立ち読みした本の受け売りなのではなはだ不正確な話になりますが、当時の観客も特撮を目当てに映画を見に行っていたとか・・・。
 となると円谷英二の名前は映画業界内だけでなく映画ファンにもおなじみのものとなっていた可能性が高いです。
 有名人だったためにやり玉に挙げられたというのは考えられることだと思います。

 裁判も行われたのだろうと思いますから、アメリカにはその記録が残っているのでは?
そんな調査がお得意なNHKスペシャル取材班が動いてくれると何か新事実が出てくるかもしれないなんて期待します。

 GHQが『ハワイ・マレー沖海戦』の特撮シーンを実写と勘違いした、という説は、私も近年になってよく聞くようになりました。
まともに考えれば、あの特撮を実写だと思う人のほうが少ないでしょう。
 何が元になってそんな噂が出てきたかと考えると、私の手持ち資料では、ギドラの巣のコンテンツにもしております、
1970年のぼくらマガジン「子どもたちにゆめをあたえた円谷監督 世界の怪獣王」という特集記事になかなかクサいコラムが載っています。
「ばつぐんの特撮技術」というタイトルで、「アメリカの「二十世紀の記録」という実写映画に、円谷監督の「ハワイ=マレー沖海戦」の数カットが、ニュース映画のかわりにつかわれている。それほど優秀なトリックだ。」
と書かれています。
http://k-ghidorah.sadist.jp/Images/eiji/eiji02_1.JPG

 この事実が長い年月の間にねじれていったのではないかと考えたりしますが・・。
(かなり最近までテレビドキュメンタリーで太平洋戦争を扱うと、真珠湾攻撃の資料映像として本物の記録フィルムに混じって『ハワイ・マレー沖海戦』からのカットが入っていました。
ドキュメンタリーを見るときのちょっとしたお楽しみでしたが、もうそんなことも無くなってしまいました)

Re: 蛇足ながら… - 海軍大臣 (男性)

2020/07/04 (Sat) 08:54:49

 貴重な情報をご提供いただきまして、ありがとうございました。この「ぼくらマガジン」の記事は恐らく未見の方々も多いと思いますので、勝手ながらFacebookなどで紹介させていただきたいと存じます。
 本作品につきましては、イロイロと書きたいこともありますので、纏まりましたらまた投稿させていただきます。

Re: 蛇足ながら… 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/04 (Sat) 17:47:53

>Facebookなどで紹介させていただきたいと存じます。

 光栄です。研究家のみなさんのお役に立てれば幸いです。
このぼくらマガジンの記事は2016年に講談社から発行されたゴジラ全映画DVDコレクターズBOXの『キングコング対ゴジラ』号に再録されているようです。
 私の手持ちのものより状態の良いものが入手可能かもれません。

 先日投稿した『ハワイ・マレー沖海戦』の感想はいささか薄味だったなぁと気がとがめております。
是非海軍大臣さんのご意見ご感想を伺いたいです。

ハワイ・マレー沖海戦 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/07/01 (Wed) 18:46:51

 というわけでご本尊『ハワイ・マレー沖海戦』を見ました。
2013年11月26日日本映画専門チャンネルで放送されたHD版です。

 この映画は見るたびに微妙に感想が変わる厄介な作品で、今回は「こんな考えだったから無謀な戦争を長引かせたんだろっ」です。
ストーリーは一直線で、人間関係での葛藤などは無く、クライマックスのハワイとマレー沖での戦闘でようやく高揚感を作り出しますが、
至る所に軍人精神や帝国臣民としての心構えを織り込んでいきます。このシナリオがなかなかに巧みです。(で、思想教育になってしまう)

 技で勝つな、自分を無にする、あの子はもううちの子じゃない・・・・

 緒戦の勝利を描くストーリーであっても、尊ばれるのは突撃精神であり根性主義です。
東郷元帥の遺髪に参拝するくだりなど、いつまで日本海海戦の成功体験にすがってるんだ、と言いたくなります。

と、見事に国策に沿って製作された本作ですが、何度見ても引っかかるのは主人公が夢の中で帰郷するシーンです。
姉と妹は主人公から「き◯がいみたいな格好」と言われるような派手な出で立ちで迎え、
母は仏壇に向かうと「お母さんお母さん」と何度呼びかけてもこちらを向いてくれません。

 ひょっとすると取材した兵士の実話がもとになっているのかもしれませんが、これは一体なにを意味するのか。
楽しい夢ではありません。なにか象徴的な意味があるのかもしれませんが、私にはわかりません。感情としては寂寥感が伝わるように思います。

 全体のバランスとしては真珠湾攻撃にもっとボリュームがあればいいなと思いますが、真珠湾を長々とやったあとでマレー沖がくっつくとくどくなってしまいますね。
それから、どちらの戦闘も攻撃隊が帰還するくだりがなく、ラジオニュースを聞いている家族と空母上級士官(?)たちから戦艦演習の実写に繋いで、
軍艦マーチを流したままエンドマークも通り過ぎ、観客を退場させるという演出も巧みなものと思います。

 この映画が描いたものはフィクションではなく、公開当時未だ終結していない戦争です。
ストーリーを閉じるようなシーンを設定せず、一応のエンドマークは表示しても軍艦マーチは鳴り続け、その音楽に背中を押されるように劇場を出るわけです。
映画の中と映画館の外が地続きになる感覚を作り出せるものと思います。
 観客に対して、今は戦争のまっただ中にいるのだと感じさせることが出来たのではないでしょうか。

 映画がプロパガンダのために使われると怖いのです。

 しかし、この映画は美しい。
冒頭の夏空はモノクロでも白い雲と青い空の対比を感じますし、カメラワークは躍動的で、とくに訓練シーンの動きが映えます。
国策宣伝の映画ではあろうけれど、軍人をわざとらしくヒロイックに描くことはせず、(おそらく)リアリズムに則って演出しているので押しつけがましさがありません。

 そして特撮。これほどの大規模なセットを組んで雷撃・爆撃の特撮を行うのは初めてだったのに、破綻なく実写フィルムに伍する映像を作り出したのは驚異です。
とくにミニチュアセット上空を移動撮影したカットは、本当に飛行機から空撮したように見えます。
小型のカメラを「操演」したわけですが、言うほど簡単なことではないはずです。レンズの方向をどうやって安定させたか、振動をどうやって消したのか。
工学のセンスをフルに使って解決していったのだろうなと想像します。

 同時期にアメリカで作られた『真珠湾攻撃』という映画も特撮はなかなか見事なもので、『ハワイ・マレー沖海戦』では活用されなかった合成技が光ります。
昔々テレビで見ましたが、ユーチューブにもあったので少し見直してみました。原題『December 7th』でサーチ。
しかしながら、この映画はまったくもって不器用なほどにプロパガンダ映画でありまして、日本人はやべーぞと訴えてくれます。

ゴジラの台本が見れるそうです - なんじぇい (?)

2020/06/29 (Mon) 14:12:07

「極妻」「ゴジラ」「ラピュタ」…名作台本1万点が閲覧できる! 京都・映画村に無料「図書室」1日オープン
https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/290962

初代ゴジラの企画段階とみられる台本が閲覧できる図書室が、京都の東映太秦映画村でオープンするみたいです。
興味があるなら見に行ってもいいかもしれません。
ただし事前予約必須ですが……

Re: ゴジラの台本が見れるそうです 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/29 (Mon) 21:41:07

 むむ、京都にはしばらく行ってないです。
映画村となると30年近く前に一度行っただけ。

 映画図書館には興味あります。まだ行けそうにはありませんが・・・。

あるぷす大将 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/21 (Sun) 19:19:07

『ハワイ・マレー沖海戦』関連作品を見直すぞ活動の第一弾として『あるぷす大将』(1934P.C.L.山本嘉次郎)を鑑賞しました。

 衛星劇場で2016年4月18日に放送されたものです。SD画質のマスターをHD信号にアップコンバートしたものでした。

『あるぷす大将』は吉川英治の小説を映画化したものです。

 長野県南安曇野にある学校の先生とその教え子の物語。
といってもハートウォーミングものではありません。

 タイトルになっているあるぷす大将とは、両親を亡くしておじさんに面倒を見てもらっている於菟(おと)少年のこと。
劇中の描写にはあまり反映されていませんが、周囲の人々の彼に対する態度を見ると、勉強はダメだけど生命力の強い野生児という位置づけのようです。

 あるぷす大将が通う学校には陽洋(ようよう)先生という真面目一徹の中年教師がいます。
彼は歴史の授業中に藤原氏の専横を語りながら天皇の苦境を思って涙ぐむほどの、昭和9年における正しさを持つ男です。

 ストーリーは登山に訪れた某伯爵未亡人が遭難するところから始まります。
その伯爵未亡人は相当な資産家らしく、軍に爆弾製造費として巨額の寄付(10万円だったかな)をしたことから爆弾夫人と呼ばれています。
夫人の捜索隊に加わった於菟少年はひとりで山深く入り込み、降雨の中山小屋へたどり着きますが、そこにはすでに爆弾夫人が避難していました。
寒さと空腹でふらふらだった於菟くんは夫人に助けられた形になってしまいました。

 それでも夫人はあるぷす大将が自分を助けたのだということにしなさいと言いつけます。
村を挙げての顕彰式で正直に本当のことを話す於菟少年を褒める陽洋先生。
そんなあるぷす大将と陽洋先生が気に入った爆弾夫人は校舎建て替えの寄付をします。

 ところが、立派な新校舎なんかいらないと突っ張る陽洋先生。
そんなこんなでごたごたして、新任の教師が来たからなのか、陽洋先生は退職することになります。
また、あるぷす大将も小学校を落第して卒業できず、おじさんの差し金で馬車の御者として働き始めました。
(児童労働だっ!)
村を去る陽洋先生を馬車に乗せたあるぷす大将は、東京へ行くという先生について行くことにしました。
(仕事を放り出して先生について行ってしまうのだ)

 陽洋先生は東京で成功している友人を頼り、自分が理想とする教育を行うための私塾を作るつもりだったのですが・・・。

 ここでストーリーは大金持ちになった陽洋の友人達と清貧を旨とする陽洋を対比していきます。
金魚輸出で成功した友人は芸者を上げて宴会三昧、財布をすり取られて一文無しでも道に落ちている小銭すら拾おうとしない陽洋という案配。
第二の友人、観光鉄道で成功した男はなかなか親切ではあったけれど、陽洋の理想にはいまいち共感しておらず・・・。
なんだかんだあって、再び爆弾夫人の登場。
またしても陽洋の私塾の為に校舎をプレゼントします。

 立派な建物なんかいらないと抵抗する陽洋でしたが、あっという間に校舎(P.C.L.の撮影所本館と思われる)が完成して、
大勢の「名士」たちが集まって落成式を派手に行うのです。
 しかし陽洋は於菟とともに姿を消していずこかへ去って行く、という結末です。
(すいません、結末まで書いてしまいましたが鑑賞困難な作品なので勘弁してください)

 後半の東京編では金持ちの生態を批判的に描いており、拝金主義を否定しているように見えます。
とくに校舎落成式で、鉄道会社社長の挨拶に重ねるように、握りつぶされて捨てられた陽洋塾の案内書、飲み食いの後のグラス・酒瓶・ジョッキの映像を見せるのは、
金持ちたちの精神性を象徴的に表現しているものと思います。

 ではこの映画が陽洋先生の理想を支持しているのかというと、どうもそうではなさそうなのです。
陽洋先生とあるぷす大将が爆弾夫人と再会するのは、恋人と心中した爆弾夫人の妹を偶然二人が救ったからでした。
心中と聞いて激怒する陽洋先生。
恋愛など汚らわしいというのです。その後、真剣に恋人を思いやる妹の様子を見て反省する先生というくだりがあります。

 そして映画全体を通じて、陽洋先生は心中者を偶然救っただけであとは何も為していません。
さらに彼自身もなにも報いられていないわけです。
 学校校舎や私塾の校舎を建ててもらってもそれを彼は受け入れていませんから、陽洋先生のハッピーエンドにはなっていません。
この映画を見て陽洋先生のように生きようと思う人がどれだけいるでしょうか。

 この構図、どうも『馬』(1941山本嘉次郎)にも通じるような気がしました。
立派な軍馬を育てるという正しい目的のために馬を飼うお話ですが、馬は育っても誰もいい目を見ていないストーリーです。
家族は困窮するし、主人公はエンディングで泣いています。あれはうれし泣きなのでしょうか。
軍馬となった彼女の馬がその後どうなるのかを想像させているような気もします。

 もしストレートに陽洋や『馬』の主人公を正しい人として表現するなら、ストーリー上で彼らが幸せになるように組み立てるのが普通でしょう。
わざとぼかした表現をして(当時の)社会通念に疑問を投げかけているんじゃないかと考えるのは穿ちすぎでしょうか。

 さて『あるぷす大将』、日本アルプスでロケーションした映像が大変きれいでした。
カラーだったらもっと良かったのにと思うのは無い物ねだりってものですね。
それから於菟の級友に子役時代の大村千吉さんがいるというのは有名らしいですが、クライマックスの落成式にどうやら若き日の坊屋三郎氏がいたように見えました。
クイントリックス!(50代以上限定ネタ?)

Re: あるぷす大将 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/21 (Sun) 19:26:59

 大事なことを書き漏らしました。
この映画がなぜ『ハワイ・マレー沖海戦』関連なのかというと、
監督が共通であることと、
あるぷす大将を演じたのが『ハワイ・マレー沖海戦』の主演、伊東薫氏なのです。

Re: あるぷす大将 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/21 (Sun) 20:13:34

『馬』、最後に良い値段で売れたから家族としては成功とも言えるか。

映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/02 (Tue) 18:52:31

 大変な本が出版されました。
「映画「ハワイ・マレー沖海戦」をめぐる人々~円谷英二と戦時東宝特撮の系譜~」(鈴木聡司・文芸社)です。
著者の鈴木聡司さんはかつて「小説 円谷英二 天に向かって翔たけ」上下巻も著した方で、当ギドラの巣でもおなじみの研究家です。

 今回は『ハワイ・マレー沖海戦』に絞ったルポルタージュです。
とはいえ、周辺事情も網羅してあり、東宝映画の成り立ちはもちろん、特殊技術課の成立過程や『ハワイ・マレー沖海戦』に先行する『海軍爆撃隊』や『燃ゆる大空』がいかにして企画されたかにも触れています。

 そしてメインの『ハワイ・マレー沖海戦』については実に詳細に企画立案からシナリオハンティング、実製作過程を丹念に追っていきます。
その検証の手法は極めて合理的で、ひとつの事象、たとえば映画『ハワイ・マレー沖海戦』の企画立案はどのように始まったかという問題でも、
それについて語られた複数の文献を比較し、より確度の高い発端を考察しています。

 映画関係者の発言・文章は当然として、当時の海軍軍人の発言・述懐、さらには海軍全体の動き、陸軍との関係など、あらゆる角度から検証していく過程はスリリングと言っても良いほどです。
とにかく情報量が膨大で、映画界の話、軍隊の話、関係者のキャリアについてなどなど、覚えようと思ったら受験勉強並みに頑張らないと無理です。
しかし、重要な情報は繰り返し提示してくれますから私のように物覚えの悪い者でも後戻りせず読み進めることが出来ます。

 基本的には資料を照らし合わせて事実を浮かび上がらせていきますが、ところどころに著者の感慨が挟み込まれるのも読み物として血肉が通っていてナイスです。
また、当時の映画界をうかがわせる細かいエピソードも惜しみなく挿入されているのが嬉しいです。

 まだ読了してはいませんので全体像は見えていませんが、私がこの本を強くおすすめするのは、
一本の映画についての研究でありながらその内容が多岐にわたるので映画製作の一般論としても読めますし、さらには軍国時代の日本を知る資料にもなり得ると考えるからです。
それから円谷英二のキャリアを考えるとき、『ハワイ・マレー沖海戦』がいかに大きな転換点だったかも想像できます。
このあたりの話は読み終えてからまた考えてみたいところですが、『ゴジラ』以後の円谷英二にしか興味の無い方にも是非読んで欲しいところです。

 四六並 564頁 文字ぎっしりで本体価格1800円は安い!

 ただ一点残念なのは図版がないところではあります。著作権の問題や手続きの問題などが絡んで写真や資料イラストを載せられなかったのだと思います。
そこは巻末に提示してある莫大な数の参考文献を自ら探して原典に当たってみるのも一興かも。(いやー、素人には無理だなぁ)

 とにかく読むべし!(あたしゃ早く続きを読みたくてうずうず)

Re: 映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 - 海軍大臣 (男性)

2020/06/17 (Wed) 01:05:25

東北大学の川端望教授がブログに感想をお書きになられておりましたので、ご紹介させていただきます。

http://riversidehope.blogspot.com

Re: 映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/17 (Wed) 18:40:40

 いやー、読了して全体感想をどうまとめようかと悩んでおりました。
 川端教授のご感想は的確なものだと思います。
とくに戦時・戦後は断絶しているのではなく繋がっているのだという読み方は大いに共感できます。

 さて本書で触れられる映画のうち、私が未だ鑑賞できていないものはいくつもありますが、そのひとつ『北の三人』の抜粋がユーチューブにありました。

円谷特撮はコンテがいいんだなと改めて思わされます。
ついでにこの『北の三人』について論考した論文も見つけました。
池川玲子氏による「『北の三人』考」
https://www.keiwa-c.ac.jp/wp-content/uploads/2012/12/nenpo10-4.pdf#search=%27%E3%80%8E%E5%8C%97%E3%81%AE%E4%B8%89%E4%BA%BA%E3%80%8F%E8%80%83%27

Re: 映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 - 海軍大臣 (男性)

2020/06/18 (Thu) 00:57:57

>円谷特撮はコンテがいいんだなと改めて思わされます。

 のご意見には全面同意します。正に見事な飛行機の「飛びっぷり」が堪能できる仕上がりです。

 後半の敵4発機とゼロ戦の空中戦は【雷撃隊出動】からのバンク使用の様に見えますが、実際には別の教材映画か何かからの再再使用が正解のようです。
 そう考えると、新撮の双発輸送機のミニチュアも、本作品の数年前に作られた【MC-20】のときの残り物をリペイントして撮影したんじゃないか?なんて疑いも出てきてしまいます。何しろ製作時期が物資不足の敗戦間際なものですから。

Re: 映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 - 海軍大臣 (男性)

2020/06/18 (Thu) 01:06:18

 書き忘れましたが、清水俊文さん @nmakapa がツイッター上に【北の三人】が製作されていた時期の東宝撮影所の製作日記を、連日にわたってUPされています。ご興味のある方にはお勧めします。

Re: 映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/18 (Thu) 22:38:07

『雷撃隊出動』に軍の教材映画から特撮カットが流用されていることも「映画『ハワイ・マレー沖海戦』をめぐる人々」で知りました。
 幻と思っていた教材映画の一部をすでに見ていたとは!(『雷撃隊出動』も近いうちに見直すことにします)

 清水俊文さんのツイッターを覗いてみました。
あの日記は撮影所公式のものなのでしょうね。
普通の日記帳を使っているのが奇異な感じです。
75年前の今日『北の三人』は第二ステージでセット撮影だったのか。

怪獣自衛隊 - なんじぇい (?)

2020/05/25 (Mon) 19:56:08

怪獣と自衛隊が戦う漫画が新連載を始めるそうです。

ここで冒頭部が読めます。
https://kuragebunch.com/episode/13933686331620163000

個人的には沖ノ鳥島が出ているのが(続編では尖閣だった)なんともきな臭い感じがします。

Re: 怪獣自衛隊 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/26 (Tue) 18:34:28

 情報に感謝します。
 さっそく第0話を読んでみました。

 あーなるほど、近年ありがちな怪獣観に支配されてる感じですなぁ。
 つまり、怪獣とは人間の敵であり、倒すべき者の象徴なんですな。
 まあ、そういう入り口から入って別の展開に持って行くことも作劇としては可能ですが、
どうでしょう、主人公がなんらかの超感覚を持っているような描写があったりレインボーマンみたいな名前であることを考えると・・・・・。

Re: 怪獣自衛隊 - エクセルシオール (男性)

2020/06/10 (Wed) 22:34:39

 そもそもタイトルのネーミングセンスがないですね。「怪獣自衛隊」。露骨に「戦国自衛隊」の変形と言うほかありません。近年のライトノベルに多い説明文そのままみたいな長すぎるタイトルも困りものですが、この題名は安直すぎます。

 内容に関して言えば確かにきな臭いものがあります。怪獣を出汁にした自衛隊礼賛の御用漫画みたいになってしまうおそれは極めて大きい。

 怪獣に関しても「自衛隊で対処できる」レベルのものしか多分出てこないでしょう。そうなってしまったらもはや「怪獣もの」と言えるのかとすら思えてきます。
 ありうる展開は自衛隊が苦戦するのは怪獣が強いからではなく、今の憲法や法制度のせいで自由に活動できないからだというものでしょうね。

 そもそも怪獣映画等に登場する防衛組織などというものは、根本的には引き立て役にすぎません。派手に出動し派手に壊滅して「怪獣がいかに強いか」を示すための存在です(巨大ヒーローものではこれに加えて「変身前のヒーローを現場に運ぶ」役割もあるが)。
 無論、良い引き立て役あってこそ主役は輝くのでその役目は非常に重要です。しかし、引き立て役の枠組みを超えて主役を食ってしまうことは許されません(時代劇の名も無き斬られ役達が水戸黄門や暴れん坊将軍などに勝ってしまうようなもの)。どうもその原則を理解していないクリエイターが増加しているように感じます。
 
 
 

Re: 怪獣自衛隊 - なんじぇい (?)

2020/06/11 (Thu) 00:56:26

個人的には「弱い怪獣」はあってもいいのではないかとは思います。怪獣の始まりのキングコングは当時の戦闘機の機銃(当然今の戦闘機には遥かに劣る)で死んでしまっていますし、どういう物語にするかによっては怪獣の強さは変わっていいのではないかと感じます。
ガチガチに縛ってしまっては、シーボーズみたいな、巨大生物の悲哀を描くような話も描けなくなるでしょう。


人類側と怪獣の攻防に関しては私は、「防衛組織はやられ役でなければならない」とも思いません。
これがゴジラみたいなイメージが固定されている場合は問題でしょうが、関係ない一介の新怪獣ならば怪獣の強さや能力は自由であり、例えば人類と拮抗する強さにして「怪獣と人類の一進一退の攻防戦」を描いても面白く描きようはあるでしょう。
少なくとも「どんな怪獣にも人類は蹂躙されなければならない」というのは、それは怪獣ものを狭めるだけではないのかと考えてしまいます。
繰り返しますが、何も関係ない新怪獣ならば、という前提がつきます。


ただし、この漫画の第1話が公開されています(上で読めます)が、読んだらわかりますがそれはもう猛烈にきな臭いです。
面白味もへったくれもない単なる自衛隊礼賛漫画になりかねません。
ただ安心したのは、『GATE』のドラゴンみたいにあっさり現代兵器で倒されるだけのつまらない展開にはならなさそうだということでしょうか……


またエクセルシオールさんの話に同意できることは大いにあり、シーボーズみたいな特例を除けば、最低でも怪獣は人類と拮抗する強さでないと面白い話を描きようがない、とは思います。



ちなみに怪獣と人間の戦力が拮抗している作品として、ボードゲームの『ボルカルス』があります。
https://kaijuontheearth.com/vulcanus/

怪獣側のプレイヤーと人間側のプレイヤーが存在して、怪獣側はひたすら壊滅させれば勝ち、人間側は怪獣を倒せば勝ち、というものです。
ボードゲームの仕様上、どちらかが圧倒する強さならばゲームが成り立たないため、まさしく真に強さが拮抗した作品と言えます。
このゲームはやったことがありますが、ゲーム的には飽きさせず面白いものでしたね(ストーリーはボードゲームなのでないですが……強いて言えばプレイヤーたちがストーリーを作る)。

Re: 怪獣自衛隊 - エクセルシオール (男性)

2020/06/11 (Thu) 21:31:05

 少々言葉足らずだったので補足します。

 原則はあくまで原則なので例外があってももちろんかまいません。怪獣も創作物なのでストーリーによって強弱がつくのも当然です。ただ、「弱い怪獣」を描く場合はストーリーをよほどしっかり作っておく必要があると思います。

 また、面白い戦闘描写には丁々発止が必要なので人類側が怪獣相手に善戦したり場合によってはあと一歩と言うところまで行くことも許されます(『モスラ対ゴジラ』の人工雷作戦などが好例)。ただ、その場合はスーパーXのような超兵器やしばしばみられる奇想天外な作戦があることが望ましいと考えます。


 『怪獣自衛隊』の第1話は私も読みました。確かにきな臭さが倍増していますね。ここからひっくりかえしたらすごい作品になるかもしれませんが、期待薄です。
 それから、『GATE』という作品はアニメしか観ていませんが、とにかく自衛隊をたたえることが最優先事項の作品でげっそりしたうえ、敵がどいつもこいつもあらゆる意味でショボいやつしか出てこないので非常につまらなかったです。

Re: 怪獣自衛隊 - なんじぇい (?)

2020/06/12 (Fri) 15:29:24

今日また更新されましたね。
評価できるのは自衛隊の出動理由を防衛出動ではなく災害派遣の選択肢を挙げていることと(『シン・ゴジラ』の防衛出動は間違い)、ヒロインらしき女性を活躍させていることでしょうか(一昔前に流行った無能ヒロインではなかった)。
とりあえず、ここで更新されていくのは間違いないと思いますので、色々な意味で注視すべきと考えます。

ギドラさんと被りますが、『命を問う物語』に怪獣の命が入っているのかどうかは気になりますね。

Re: 怪獣自衛隊 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/13 (Sat) 16:38:53

 第一話②まで読んでみました。

 自衛隊を災害救助隊のように考えているヒロインがこの先認識を改めるのかどうか。
 自衛隊の本分とは何でしょう。
 レスキューではないことは確かでしょう。

日本沈没2020 - なんじぇい (?)

2020/06/05 (Fri) 13:39:21

『日本沈没』がアニメ化されるそうです。
https://av.watch.impress.co.jp/docs/news/1255468.html
予告編を見る限り、原作とはかなり違う内容になるみたいです。
https://youtu.be/3kZe3vXf96Q

はてさて、どんな作品になるのでしょうか。

Re: 日本沈没2020 - エクセルシオール (男性)

2020/06/06 (Sat) 22:36:37

 『日本沈没』は1973年と2006年の二度映画化され、テレビドラマシリーズもありました。テレビ版は未視聴ですが、映画に関しては1973年版は良かったが2006年版はダメでしたね。

 このアニメ版に関しては映像化時点の現代を舞台にする点は過去作と同じようですが、キャラクターは原作や過去の映像化作品とは全く異なるオリジナルキャラとなっています。この点が吉と出るか凶と出るかは不明ですが、名前が同じなのに原作とかけ離れたキャラになる場合よりはリスクが少ないでしょう(原作と大きく異なる物語にするのならばなおさらである)。
 なお、キャストに関しては良い声優を集めていると思います。

 どんな話になるかはわかりませんが、2006年劇場版のような変な内容にはしないでほしいです。

Re: 日本沈没2020 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/06/07 (Sun) 14:36:52

 情報に感謝です。

 これは「日本沈没」のアニメ化ではないんですね。
日本が沈むというシチュエーションを使わせてもらっただけに見えます。
「日本沈没」に触発された別作品という扱いにすべきと思います。

 原作・小松左京という表記はアカンですね。
それは2006年版も同じ事ではありますが。

 予告篇だけで判断は出来ませんが、大災害の中での家族の絆、なんてのはちと陳腐か・・・。

 国土を失った日本人が日本人であり続けられるのか、というのが「日本沈没」のテーマ(の一つ)だったはずで(映画では第一部しか描いていない)、そのあたりの日本人論とか文化論などが含まれていないと「日本沈没」とは言えないでしょう。

宇宙の地上げ屋 - エクセルシオール (男性)

2020/05/24 (Sun) 21:31:59

 『ゴジラ対メカゴジラ』の初期企画段階の脚本に『大怪獣沖縄に集合!残波岬の大決斗』と言う作品がありました。地球侵略を企むガルガ星人が作った機械怪獣ガルガンとゴジラ、アンギラス、モスラ成虫の三大怪獣が沖縄を舞台に激突するという内容です。なかなかワクワクさせられる構図ですが(地球怪獣軍の組み合わせはありそうでなかったもの)、一番興味深い点はそこではありません。

 この没企画で異彩を放っているのはガルガ星人です。ブラックホール第三惑星人の原型なのですが、すごいのはその目的です。通常、地球侵略を企む侵略者は地球を征服して支配してやろうとか地球を破壊してやろうとか考えているものですが、ガルガ星人は一味違います。彼らは何と「地球を征服して競売にかけ、惑星を欲しがっている他の異星人に高値で売りつけること」を目的にしています。言うなれば「宇宙の地上げ屋」です。
 このような設定は当時他に類を見ず、極めて斬新なものであったと言えます。正直、母星が滅亡寸前であるため地球を狙ってきたブラックホール第三惑星人よりもはるかに悪質であると言えるでしょう。もっとも、70年代初めにしては斬新すぎて結局没企画になってしまいましたが。

 ちなみにガルガ星人の姿は猿の化物のような感じで、手が六本、超能力で空を飛べるという、なかなか個性的なものでした。想像するとかなり気色悪いです。

 「宇宙の地上げ屋」という設定は地上げが横行した80年代になると漫画やアニメなどで登場し始めます。『ドラゴンボール』の悪者フリーザは初期設定では「地上げ屋の元締め」みたいなキャラでしたし(サイヤ人はその手先)、『超力ロボ ガラット』というロボアニメに登場した宇宙シンジケートもやっていることは地上げ屋でした。そう考えるとガルガ星人は時代を先取りしていたと言えるかもしれません。
 ヒーローゴジラが全否定される傾向がある昨今では難しいかもしれませんが、脚本を現代風にリライトして映像化すれば一風変わった怪獣映画として面白い作品になると思います。

 このシナリオは現在『東宝チャンピオンまつりパーフェクション』のみに収録されています。機会があれば読んでみてください。国際秘密警察の捜査官が登場するなど『ゴジラ対メカゴジラ』にそのまま活かされた部分もありますし、その他にもアンギラスとモスラが何とか危機を人間に伝えようとするシーンなどもあり興味深いです。
 なお、『ゴジラ対メカゴジラ』では最終決戦に参加したのはゴジラとキングシーサーの二体でアンギラスは途中退場したままでしたが、この没脚本ではきちんと三体でガルガンと戦っています。『ゴジラ対メカゴジラ』もアンギラスも加えて3対1の戦いが観たかったですね(ポスター絵の通りにしてほしかった)。アンギラスが再登場しなかったことにはすごくがっかりしましたので。

Re: 宇宙の地上げ屋 - 海軍大臣 (男性)

2020/05/25 (Mon) 22:52:42

 たしか【流星人間ゾーン】にも、悪徳宇宙人が経営している「我呂我(ガロガ)不動産」ってのが出てきたと思いました。その元ネタがガルガ星人だったんでしょうか?
 それと『ゴジラ対メカゴジラ』のブラックホール第三惑星人も手は二本だけですが、一応「猿顔」でしたね。
 玉泉洞内のアジトで岸田森さん演じるIP捜査官がBH3惑星人をワイヤーで絞殺する場面がありますが、断末魔の宇宙人の猿マスクよりも、このときの岸田さんの表情の方が子供心にはよっぽど恐ろしく見えたことを思いだします。

Re: 宇宙の地上げ屋 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/26 (Tue) 18:50:14

 タイトルだけは知っていた『ゴジラ対メカゴジラ』初期企画は、そんなストーリーだったんですね。

 TV作品も含めると70年代はとにかく宇宙人の侵略ばっかりになっていましたから、
その中で新機軸を打ち出そうとしたんでしょうか。

 惑星丸々一個で地上げとはスケールがでかい。
投機目的に惑星を買う奴とか出てきたりして、侵略経済ドラマに発展!?

 そういえば「ウルトラマンタイガ」では、地球上で怪獣を暴れさせその能力をデモンストレーションし、
宇宙人たちが怪獣オークションをやっているという設定が出てきましたが、
さして生かされず終わってましたね。
もっと上手く使えばおもしろくなったかも知れないのに。

政治的主張はタブーになってきているかもしれない - なんじぇい (?)

2020/05/21 (Thu) 19:58:46

以前お話しした通り、『シン・ゴジラ』では東宝は「娯楽映画なのであまりきつい政治描写を入れるな」みたいな条件をつけました。
これがなかったからと言って作品の出来が劇的に変わったかと言えば無理でしょうが、多少はましになったのかもしれません。
ただ庵野氏の言い訳じみたインタビューによれば「ゴジラなのに放射能を一切描けない」という事態もあり得たそうです。
あれなら描かない方がまだましかもしれませんが。

しかし、昨今のtwitterを見れば、クリエイターが政治的な話題について作品やツイッターであれこれ語ったら、「作品に政治的主張を持ち込むな」「一気に萎えてしまった」「政治的主張はやめてくれ。作品を素直に楽しめない」等の批判が噴出することがよくあります。
少なくとも、右だろうと左だろうと政治的な主張をすれば一定の客数が離れてしまうという状況になっており、まさしく政治的な話題になれば「沈黙は金」がクリエイターにとっては最善の策なのかもしれない状況になっています。

このような環境を変えるにはどうすればいいのでしょうか。

Re: 政治的主張はタブーになってきているかもしれない 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/22 (Fri) 21:28:50

 政治的主張といってもプロパガンダとして観客を誘導するようなものは忌避すべきですが、
芸術的真理探求の結果社会問題や社会体制についてなんらかの意見を表明しているものについては、
受け入れられない方がどうかしているんじゃないかと思います。

 けれども、昨今の多くの日本人が政治問題に対して鈍感になっているのか、
避けようとしているように見えるのも確かかと思います。
(投票率の低さがその証左でありましょう)

 どうすればそれを変えられるのか・・・・。
難しいです。ネットのSNSが世論を動かしているのが問題かもしれないけれど・・。

なんとなく初代ゴジラを見てたら気づいたこと - なんじぇい (?)

2020/05/21 (Thu) 16:08:08

なんとなく初代ゴジラを見てたら気づいたことです。
初代ゴジラが電車を噛んで落とすカットなのですが、直前に電車がゴジラにぶつかってゴジラが「おっとっと」みたいによろけていたのです。

「なんでゴジラが電車を噛んでるんだ?」と思っていたので、理由がちゃんとしていたんだなと驚きました。

何を当たり前のことをと思われるかもしれませんが、私的には感動した箇所なので書いておきます(これから無人在来線爆弾が生まれてしまったのだが)。

Re: なんとなく初代ゴジラを見てたら気づいたこと 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/21 (Thu) 18:31:01

 あ、そうか、ゴジラはよろけてましたか。
電車がぶつかって、そのリアクションで噛みついて持ち上げる流れとは思っていましたが、
よろけるところまでは意識していませんでした。
 今度見るときには気をつけて見ます。

三大怪獣グルメ - エクセルシオール (男性)

2020/05/10 (Sun) 22:56:54

 『三大怪獣グルメ』。こんなタイトルの怪獣映画がもうすぐ公開されるそうです(5月23日予定)。何でもイカ、タコ、カニの怪獣を巨大海鮮丼にしてしまおうとする物語だそうで、コメディ映画と言ってよいでしょう。

 『ゴジラ』の初期企画が大ダコが暴れる映画になる予定だったという話はよく聞きますが、その後は恐竜型怪獣に圧倒されてタコやイカをベースとする怪獣はマイナーなものになっています。
 これは見栄えがしないというのが最大の理由でしょうが、それ以外に「美味しそう」と思われてしまうのも大きいと思います。そんなわけでタコ、イカ、カニ、エビといった「海産物系怪獣」は怖がってもらい難いのです。私もこのタイプの怪獣でもっともメジャーなエビラを最初に観た時、「エビフライにしたらどうなるか」と思ってしまいました(エビラは嫌いな怪獣ではないですが)。
 そう考えるとこの『三大怪獣グルメ』というアイデアは割と面白いです。コメディに振り切ればよい作品になるかもしれませんね。

 ただ、予定通り5月23日に公開されるかはコロナウイルス感染症の影響で微妙です(たぶん難しいだろう)。


 そうそう。ついに『キラメイジャー』『仮面ライダーゼロワン』の双方とも撮影済みの話を使い切ってしまったようです。
 現在、メジャーなアニメや特撮は全て中断しています。何といってもあの『サザエさん』ですらついに新作の放送が中断されるそうですから(45年ぶりである)、無事な作品があるはずがないでしょう。
 これはもう仕方ないことですので、一日も早い再開を祈るしかありません。
 

Re: 三大怪獣グルメ 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/11 (Mon) 21:40:54

 むむ、怪獣映画の変種がさらに登場というわけですね。
 と、調べて見たら、河崎実監督かぁぁ。
 さまざまにふざけた映画を作る人で、何作かは見てきましたが、ちょっと私は苦手なタイプかも。
 ふざけた映画は大好きですが、なんか違うと感じてしまうんですよ。軽すぎるのかな?

 日本人は魚介類をよく食しますから、魚介怪獣はどうしてもおいしそうと思ってしまうのかもしれません。
『決戦!南海の大怪獣』で焦げたゲゾラを見ると、スルメを焼いたときの匂いを思い出してしまいます。
『三大怪獣グルメ』、CS映画チャンネルで放送したらチェックしてみましょう。

 バラエティ番組も名場面集ばかりになりつつありますね。
「サザエさん」の前回の製作中断はオイルショックが原因とか。オイルショックで磯野家に何があった??

佐藤勝音楽祭 - なんじぇい (?)

2020/05/09 (Sat) 14:58:55

ゴジラ、黒澤、喜八、日本映画を音楽で支えた佐藤勝の楽曲をオーケストラで 『佐藤勝音楽祭』がニコ動で初放送
http://spice.eplus.jp/articles/269077

2020年5月9日(土)・16日(土)の21時から生放送だそうです。
樋口真嗣氏&樋口尚文氏によるトークゲストコーナーもノーカットで放送。

ただし前半のみが無料だとか。

良かったら聴いてみてはいかがでしょうか。

Re: 佐藤勝音楽祭 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/10 (Sun) 15:42:15

 やや、「佐藤勝音楽祭」はコンサートに行かなかったので、CDで曲を聴いただけでした。

 しばらくの間はタイムシフト再生も出来るようなので、トークコーナーだけでも見てみましょうか。

邦画マニアに送る! 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/08 (Fri) 18:13:40

 たまたまyoutubeで見つけました。
さすが天才、孤高の女芸人清水ミチコさんです。
 どんなきっかけでやってみようと思ったのか・・・。

仮説の続報 - 海軍大臣 (男性)

2020/05/07 (Thu) 00:53:27

 前回、我々が認識しているはるか以前より、日本特撮映画の流れは始まっていたのかも知れないなんて書きましたが、GW休みを利用して昔買い集めた映画資料の整理をしたところ、思わぬ発見をしました。

 映画【地球防衛軍】の中にミステリアン統領が「勝手に火星の土地を売り買いしている地球人がいる」といったセリフが出てきます。土屋嘉男さんご本人によると、あれは当時、火星が地球に大接近してことが話題になった際にジョークとして「火星土地権利書」が売り出されたことに引っ掛けたものだそうです。
 ところが、この権利書を販売した「原田三夫」なる人物は戦前から映画を使った科学教育に熱心な学者だったようで、1930年代には地震を科学的に解説した文化映画を作る際、なんとミニチュア特撮で大地震によって倒壊する人家を作品中で描いていたのです。これは円谷英二が【新しき土】で同じシークエンスを撮るより数年早い時期に当たります。しかも驚いたことに、倒壊するミニチュア家屋から飛散する破片を「ウエハース」を用いて表現していたとされます。かの【世界大戦争】に先立つこと実に30年です。
 これまで円谷英二ありきでのみ語られてきた日本特撮史ですが、やはりその縦深は私たちが把握しているよりもずっとずっと大きいように感じられてなりません。

Re: 仮説の続報 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/08 (Fri) 18:09:55

 原田三夫という名前、たしかに以前なにかで読んだ覚えがあります。
 映画関係ではなくて、SFに絡んだ科学解説史の資料だったか・・・。
(と、こういう具合に覚えていないのがダメなんだよなぁ)

 ともあれ、その地震を特撮で描いた文化映画を見てみたいと切望しますが、うーーん、フィルムは残されていないのでしょうね。
 ああ、あの戦争さえなければ、日本映画史初期の重要作品がもっと残されていたはずなのに。

作品をどうやって評価すべきなのか - なんじぇい (?)

2020/05/05 (Tue) 15:58:36

現在アニメゴジラは世間でも批判的な評価が多くを占めている状態ですが、ちょっと前に好きな方にお話を聞いたことがあります。

そうしたら、第2部の『怪獣を倒すには自らが怪獣にならなければならない』ことをその人は高く評価しており(これは一理あると思う)、また第1部のゴジラアースの登場シーンがかっこよくて自分があの造詣が好きだ。他の欠点も承知しているが、自分は個人的な意見だがこれが好きだみたいな意見でした。
このように意見は、『シン・ゴジラ』のタバ作戦がゴジラ映画の自衛隊史上最もリアルとか、熱線シーンが素晴らしいとか、自衛隊の命令の受け答えがリアルだとか、あるいはどこそこのシーンがかっこいいから好きだみたいなものでよく見受けられます。


また一般論としては、エクセルシオールさんが数日前にアニメゴジラに関して挙げておられた意見と少し被りますが「その作品のダメな点ばかり挙げて酷評している人はいい点を見過ごして見ようとしていない(エクセルシオールさんが挙げておられるように、まんま逆バージョンも存在する)」などの意見も多数存在し、これもどう映画を評価すべきかには悩ましい問題です。



確かにどのような映画でも長所も短所も絶対に多数あるもので、非常に難しい問題だと思います。
皆様は映画全体の評価に関しては長所と短所をどのように重ね合わせて総合評価にすべきだとお考えでしょうか。


自分はこれまで「○○だからおもしろい」「○○だからつまらない」という理由でしたが、長所と短所の合算をしたことはなく、また難しいので質問しました。

Re: 作品をどうやって評価すべきなのか 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/05 (Tue) 18:57:31

 厳密なルールというわけではありませんが、私が作品を評価する方法をまとめてみます。

 まず、ストーリーに筋が通っているかどうかを見ます。そしてそのストーリーが何を伝えてくるかを考えます。
筋が通ったストーリーは万人に訴える力を持ちます。それがどんな観念を含むのか、またはどんな感情を引き起こすのかで作品の価値が決まってくると考えています。

 次にストーリーを伝えるために適切な演出が行われているかを考えます。
芝居だけでなく映像や音響の演出もうまくいっているかどうかと考えます。

 以上は個人的な好き嫌いとは別の評価軸になります。まあ、上記の評価軸で巧く出来ている作品を嫌いになることはまずないわけですが。

 たとえシナリオがポンコツで筋が通らない話でも、個人的な趣味志向に合致して共感できる作品というものもあります。
そんな作品については、駄作だけれど好きな作品(シーンだけのこともある)ということになります。
個人的に好きなだけの作品を傑作だなどとは言わないようにしています。

 なにもかも完璧な作品などおそらく存在しないのでしょうけれど、少なくとも話に筋が通っていないものは傑作ではないと言って良いと考えています。
長所と短所のバランス問題は難しいところです。作品全体のテーマ(と考えられるもの)が巧く描けているならある程度の欠陥には目をつぶるというところでしょうか。

Re: 作品をどうやって評価すべきなのか - エクセルシオール (男性)

2020/05/06 (Wed) 14:36:22

 かなり漠然とした言い方になりますが、まず作品の良い点と悪い点、どっちとも言えない点を抽出します。そしてそれぞれの数を数えた後、個々の要素の程度を計ります。そのうえで総合評価して良い要素と悪い要素のどちらが全体として上回っているかを判断して、作品の評価を決めることになります。
 無論、何をもって良いか悪いか、その程度が大きいか小さいかを決めるのは個々人の考えによりますので、最終評価も人それぞれとなります。

 ただ、ストーリー展開に無理がないか、落ちがついているのか否かに関してはある程度客観的に判断できるので、評価の基本ポイントとなるでしょう。昨今の深夜アニメなどには途中で放り出されてしまうものが少なくないので、それらはアウトになります。

 また、キャラクターの行動等にそれまで描かれていた描写から見て飛躍や不自然がないかも重要です(アニゴジにおけるハルオとマイナの関係など飛躍・不自然のいい例である)。

 それから世界設定等の基本部分にいくらなんでも無理があると思える場合も評価は低くなります。近年流行りの異世界転生ものなど「強引すぎる」と思えるものがけっこうありますね。

 表現描写についても注意が必要です。しばしば過激な表現が自己目的化している作品が見受けられるだけでなく、内実の乏しさをごまかすために乱用されがちだからです。

 作品の対象年齢も軽視できません。特に子ども向けの作品を評価する際は重要です。時折、子ども向け作品を「ガキ向けだから駄目だ」とか言って全否定したり、子どもを無視したようなマニアックな内容だったら高評価する人がいますが、それは全く倒錯した視点というべきです。

 その他、作画や特撮等の出来映え、出演者の演技力、音楽等も重要です。例えば、本職の声優を起用せず、素人タレントキャストで固めたようなアニメなどはやはり問題です。

 作品の好き嫌いと出来の良し悪しは必ずしも一致しません。実際、「好きな作品だけど評価は低くせざるを得ない」とか「絶対好きにはなれないが出来は悪くない」という例は少なからずあります(私にとってバッドエンドのホラー映画などはしばしば後者になる)。

 評価の結論として肯定、否定、良くも悪くないになるかは人それぞれでしょうが、作品の内部に客観的に提示されているものを評価対象として行うことが肝要です。作中で示されない、設定資料集を精読しないと分からない要素を追加して評価すると実体とかけ離れた地に足のつかない結論になりかねません。


 なお、他の部分が良くても一発アウトにする例もあります。数はそう多くないですが、作品のテーマや制作姿勢のそのものが許容できない場合です。いくらストーリー展開や表現が優れていても、人種差別や女性蔑視等を肯定、礼賛するようなものは論外でしょう。一例として「映画の父」と称されるデヴィッド・ウォーク・グリフィスの『國民の創生』。現代の劇映画の基礎を固めた作品と評されていますが、一方で黒人を野蛮な集団として描き、白人至上主義者を英雄扱いした内容でした(ゆえに「最悪の名画」と呼ばれる。もっとも、グリフィスは後に反省したとも聞くが)。たとえ大昔の映画でも現在無批判に取り上げることは許されません。

開米栄三さん - なんじぇい (?)

2020/05/05 (Tue) 03:13:39

開米栄三さんが亡くなられました。

開米さんは初代ゴジラの着ぐるみを作ったことが有名ですが、マグマ大使やウルトラQ、ミラーマン等でも造形を担当しておられました。
『サンダ対ガイラ』のサンダとガイラの表皮は、開米さんのアイデアで造花を分解して使ったというお話もあります。

慎んでご冥福をお祈りします。

Re: 開米栄三さん - エクセルシオール (男性)

2020/05/05 (Tue) 13:13:57

 初代ゴジラの着ぐるみは一つの芸術でした。それがあったからこそゴジラに限らず優れた怪獣の着ぐるみが制作されるようになったと考えます。『ゴジラ』(1954年)の制作過程において一般向けの話ではなかなか名前の出てこない方でしたが、その功績は極めて大きかったと言えます。

 一時期、着ぐるみはCGの登場によってストップモーション(コマ撮り人形アニメ)、アニマトロニクス(機械仕掛け)、操演と共に消滅すると言われていました。幸いにして他の三つともども生き残ることができましたが、その理由の一つはハイレベルな着ぐるみが実績を残していたからだと考えます。

 ご冥福をお祈りいたします。

Re: 開米栄三さん 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/05 (Tue) 18:55:41

 日本特撮史にとって重要な方がまた一人去られてしまったのですね。

「初代ゴジラ研究読本」のインタビュー記事は貴重なものでした。

 どうぞ安らかにおやすみください。

ゴジラ、ラジー賞を免れる - エクセルシオール (男性)

2020/04/30 (Thu) 22:11:45

 アメリカ映画界で最も権威のある賞と言えばアカデミー賞。それと対を成す最低映画賞としてゴールデンラズベリー賞(ラジー賞)が存在します。この不名誉な賞の一つに昨年公開された『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』がノミネートされていました。
 ノミネートされていたのは「最低リメイク・続編・盗作(パクリ)賞」という部門であり、この時点で十分不名誉です。一体「リメイク」「続編」「盗作(パクリ)」のどれに該当したのかは不明ですが、全部かもしれませんね。

 幸か不幸か他のノミネート作に『ランボー5』という強者(つわもの)がいたため、『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』は辛うじて受賞を免れることができました。ただ、私としては受賞しても全く不思議でない出来だったと思っています。怪獣のパッとしない描き方(特にラドン)、冒涜的だったり無意味だったりするオマージュの数々、中途半端な人間ドラマ等々、批判すべき点は数多かったからです。
 しかし、アメリカにもあの映画の内容に厳しい目を向ける人が少なくなかったことにはほっとしています。さて、公開が遅れに遅れそうですが、『ゴジラVSコング』はどうなりますやら。


 話は変わりますが、以前少しだけ触れたことがあるアニメ『ULTRAMAN』が4月からBS11等で放送されています。この作品の評価はかなり良いらしく、シーズン2の制作も決定したとか。
 ただ、私も3話まで視聴したのですが、「等身大のウルトラマンに何の意義があるのか?」との疑問を拭いきれませんし(この作品のウルトラマンは人間が着用するパワードスーツの一種である)、内容もマニアックで正統的なウルトラマンのイメージとはかけ離れている感があります(それが狙いなのだろうが)。ウルトラシリーズの迷走に拍車をかけている気がしなくもありません。

Re: ゴジラ、ラジー賞を免れる 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/01 (Fri) 17:58:33

 あらー、『~キング オブ モンスターズ』、受賞できませんでしたか。
 ゴールデンラズベリー賞で一層箔を付けて欲しかったところです。
 で、明日、WOWOWさんが『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』を放送するついでに、
あのアニゴジ三部作も一挙放送してくれます。
 録画はします。多分見ます。
 新たな感想が出てくるかどうか分かりませんが、なにか書くかもしれません。
(さらなる欠陥に気がつくのかも・・・)

 CGアニメ「ULTRAMAN」、MXTV版で録画はしています。
第一話を見たところで、すっかり萎えました。
 ウルトラマンであるかどうかもさることながら、はあああ???と首をかしげる設定というか、ドラマ構成に乗れません。
 冒頭が「ウルトラマン」最終話から何年後の設定なのか知りませんが(登場人物の老け方を見ると結構経っているはず)
ハヤタがウルトラマンであったことを本人にまで隠し通していたというのは無理がありすぎでしょう。
(と書きながら、あまりに不自然なので記憶違いじゃないかと自分を疑うほど)
 そしてモーションキャプチャを使ったらしい人物の動きがわざとらしくて不自然。
 二話目以降を見るのは気が重くて放置してます。
 でも、がんばって続きを見るようにします・・・。

Re: ゴジラ、ラジー賞を免れる - エクセルシオール (男性)

2020/05/02 (Sat) 14:44:13

 ランボーシリーズ(第一作目を除く)もシルベスター・スタローンもラジー賞の常連ですからね。その歴史と伝統に歯が立たなかったのも無理はないでしょう(審査者から見れば「懲りずにまた出てきやがった」というわけである)。その意味では『ゴジラ:キング・オブ・モンスターズ』は運が良かったと言えます。

 アニゴジ三部作に関してはだいたい批判は出尽くしていますので、新たに見つけられるのは些末な欠陥のみではないかと思います。むしろ巨大な問題の数々を再確認する方が重要だと考えます。何せアニゴジに対する賛美論の多くは問題点を美点として評価しているものですから。


 
 アニメ『ULTRAMAN』ですが、どうやらで巨大怪獣はほぼ一切出てこず、等身大の宇宙人との戦いが主となるようです。でも、それって仮面ライダーの担当ではないかという気がしてきます。
 また、宇宙人が人間社会に溶け込んでいるという設定があります。『ウルトラマンタイガ』のようですが、原作から考えるとこっちが早いはずです。
 これからセブンやエースも登場してきますが、さてどうなるでしょうか。
 
 そうそうゴジラとの無理なコラボが話題になったことがある『戦姫絶唱シンフォギア』と『ULTRAMAN』とのコラボCMが流されていました。懲りないですね。

Re: コラボといえば…… - なんじぇい (?)

2020/05/03 (Sun) 02:55:48

最近、ゴジラシリーズがカードゲームのマジック・ザ・ギャザリングとコラボしていましたね。

マジック・ザ・ギャザリングは世界一古いトレーディングカードゲームで、また世界一売れたトレーディングカードゲームでもあるので格としては十分ですが、どうなのでしょう。


まああの世界は全知全能の神(プレインズウォーカー)がいくつも存在していて、しかもプレイできる世界なので、強さはそれなりに保たれているとは思いますが。

Re: ゴジラ、ラジー賞を免れる 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/05/04 (Mon) 18:43:16

 アニメ木ジラの見直しはまだですが、
>巨大な問題の数々を再確認する方が重要だと考えます。

とのご意見に、それもそうだなぁと記憶をたぐってつらつら考えてみると、
なんだか現在の日本人全般の社会意識とかテレビドラマ・劇映画といったフィクションの立ち位置とか、それこそ巨大な問題に突き当たりそうです。
 近作のサンプリング数が少ない(とくにテレビドラマはほぼ見ていない)ので、憶測程度の意見しか出てこないかもしれませんけれど・・。

 そんなこんなはアニメ「ULTRAMAN」にも共通する問題のように思います。
 第三話まで見ましたが、まあ、なんとも乗れません。
 疑問符だらけです。

 キャラクター商売も多角経営でいろんなコラボに走るんでしょうね。
 ゴジラさんはカードゲームに進出ですかぁ。
 コラボも良いけど、まずはちゃんとした映画を作って下さいよと言いたいところですね。
 それはウルトラも同じ。

ある仮説 - 海軍大臣 (男性)

2020/04/24 (Fri) 17:52:13

 生前、竹内博さんが【宇宙船】に連載されていた「古今東西、怪獣映画の散歩道」の中で、昭和8年版【丹下左膳】のものとされるミニチュアで再現された江戸の街並が写っているスチール写真を紹介されていました。
 さて本日、偶々目にした映画史関連の書籍に、この【丹下左膳】のスタッフリストが書かれていたのですが、迂闊なことに私は、同作品の撮影を担当していたのが酒井宏カメラマンだったことに今になって気が付きました。
 この酒井宏という人物は、後に創設時の東宝の技術部長を務める人物で、一説によると東宝に特撮専門の部署を作ろうと考えていた森岩雄に、適任者として円谷英二を推薦したのがこの人だったとされているのです。
 トーキー版【丹下左膳】が作られていた時期、円谷英二も同じ日活太秦撮影所に所属していましたから、同作品でのミニチュア使用を巡って、両者の間で何かしら関わりが持たれていたのではないか、といった勘繰りも湧いてきてしまいます。(ちなみに円谷が特撮へのバイアスを強めることになった【キングコング】も同時期に日本で公開されていることを忘れてはいけないでしょう)
 また、件のスチール写真で見る限り、後の【大魔神】クラスの縮尺率による緻密な家屋のミニチュアが製作されていることが判りますが、ここで問題となるのは、特美スタッフなど存在していなかった時代に、誰にこれだけのものを作らせたかという部分です。何しろ3年後の【新しき土】の製作時にも、ミニチュアを作れるスタッフが見つからず、大変苦労したとされる位なのですから。
 で、これも勝手な想像ですが、同時期に初期アニメーション作品で知られる政岡憲三監督が映画美術研究所なる施設を京都で主催しており、この半年前公開の松竹作品【天一坊と伊賀之亮】でもミニチュア使用の爆破シーンを請け負ったりしているとのことですから、今回も同研究所が一枚噛んでいるのでは?といった想像も出てきます。
 この人物は、2年後には円谷が関わるJO作品【かぐや姫】のミニチュア美術も手掛けることになりますから。円谷・酒井・政岡の三者は既に昭和ヒトケタの頃から何かしらの繋がりがあって、後世の我々が認識しているはるか以前より、日本特撮映画の流れは始まっていたのかも知れない、とする仮説も成り立つような気がしてなりません。
 これを単なる仮説に終わらせないためにも、今後検証を続けていきたいと思っておりますが、現今のコロナ問題が片付いてくれない限り、身動きの仕様もありません。
 一日も早く皆様に続報をお届けできる様に、状況が好転うことだけを切に念じている次第です。

Re: ある仮説 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/04/25 (Sat) 18:48:55

 非常に興味深い推論です。
 日本の特撮映画史は円谷英二が特殊技術の第一人者として頭角を現してから語られるものが多いので、
その前夜に何があったのか、どんな人物が関わっていたのかを明らかにすることには意義があると思います。

 くだんの昭和8年版『丹下左膳』は見たことがない作品なので、何か情報がないものかとネットをサーチしてみたら不完全ながらもフィルムは残されている模様。
 そして、江戸の町が火事になるシーンがあるそうな。
 むむ、そのために大スケールのミニチュア家屋を作ったか。
 うわー興味津々。
 火災シーンにミニチュアを使ったとすれば、円谷英二が直接関わっている可能性も高いんじゃないかと期待してしまいます。

Re: ある仮説 - 海軍大臣 (男性)

2020/04/26 (Sun) 11:55:53

>江戸の町が火事になるシーンがあるそうな。

 確かにシナリオで確認したところ、品川辺りの市街地が火災に包まれるのを登場人物が遠望するシーンが2カットほどあるようです。不完全版の現存フィルムを観てみたいものですが、大河内ファンの友人(なんてヤツだ!)も映像ソフトを持っていないというので、暫らくはお預け状態で歯痒くてなりません。

>その前夜に何があったのか、どんな人物が関わっていた
 のかを明らかにすることには意義があると思います。

 正に仰る通りだと思います。これまで私たちは特撮映画史の流れを、先ず「円谷英二ありき」で見てきていた訳で、その中心になったのが「何故、円谷だったのか?」といった観点を忘れてしまっていたことになるのだと思います。
 東宝創設時に森岩雄が特殊技術課の責任者として選択しうる人物が他には居なかったのか?と考えた場合、例えば【大仏廻國 中京篇】で特撮映画に先鞭を付けていた枝正義郎も居ましたし、JO版【かぐや姫】にしても、後に円谷が有名になったので恰も円谷作品みたいに言われていますが、公開当時はむしろ良質なアニメ作品で評判を得ていた政岡憲三の方がスタッフとしてのネームバリューは強かったのではないか、とも考えられます。
 また最近「早すぎた特撮の天才」として注目されている松井勇も選択肢の一人たりえた筈です。松井は森岩雄がメインスタッフを務めた【浪子】なる作品で、上海事変の場面で撃墜される軍用機のミニチュア撮影や、シェフタン・バック(?)と思しき合成カット(ただし、仕上がりは悪いです)を手掛けていて、寧ろ円谷よりも一歩先んじていた存在でした。
 自身も良く知っていたであろう松井すら袖にして、森岩雄が円谷英二を東宝特撮の中核に持ってきたのは、前回書いた通り、酒井宏・技術部長の「強い押し」があったからです。
 翻って見てみますと、円谷が酒井と同じ日活太秦に在籍していたのは、僅か1年4ケ月ほどに過ぎません。その程度の短い関わりの中で酒井が円谷を高く買っているのは、技術力にしろ発想にしろ、何かしら強烈な印象を抱いたからなのだと考えます。
 以前【特撮秘宝】誌にも書きましたが、【かぐや姫】や【新しき土】で一緒に働いた美術家の浅野孟府の腕前に惚れ込んだ円谷が、【ハワイ・マレー沖海戦】の現場に浅野を招聘したところ、その時一緒に付いてきた弟子というのが戦後にゴジラを造形する利光貞三だったように、正に人間同士の繋がりが後々映画史の流れを左右するのだと云うことが痛感されてなりません。

Re: ある仮説 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/04/27 (Mon) 18:47:16

 おお、そんな流れが考えられるのですね。

 枝正義郎は円谷英二関連人物として意識していましたが、
松井勇という名前はノーチェックでした。
『浪子』はフィルムが残っているのですね。
(と、ネットサーチしてみる)
フィルムセンターで上映されたのかーー。

 映画はスクリーンで見るのが一番とはいえ、戦前の作品や不完全な状態でしか残っていないものはソフト化やテレビ放送が難しいので、
国立映画アーカイブがネット配信してくれるとありがたいんですが・・。

 はやりの動画配信サービスにはあまり興味がないけれど、映画史を総覧できるようなサービスならお金を払いますぜ。

 昔を知らないと未来も見えません。

キラメイジャーの危機 - エクセルシオール (男性)

2020/04/02 (Thu) 22:27:45

 世界的に収まる気配がない新型コロナウイルスの蔓延の中、特撮番組についてもその影響が及んでいます。

 現在放送中のスーパー戦隊シリーズ『魔進戦隊キラメイジャー』でキラメイレッド(熱田充瑠)を演じている小宮璃央さんが新型コロナウイルスに罹患してしまったそうです。まことに気の毒な話であり、一日も早い回復を祈るしかありません。
 

 番組は5月半ばくらいまでは撮影済みのストックがあるので対応できますが、その後は不明だそうです。選択肢としては⓵熱田充瑠をストーリーから排除し2代目レッドを登場させる、⓶当面、レッド抜きで物語を進めて小宮さんの復帰を待つ、⓷放送を一時中断して万全の状態で再開するなどがありますが、どれも簡単にはいかないでしょう。

 ⓵は一昔前ならば採用された方策でしょうが、あまりにも問題が多い。仮にヒーロー交代となると『超電子バイオマン』でイエローフォーが交代して以来ということになりますが(レッドなら『太陽戦隊サンバルカン』のバルイーグル以来2回目)、過去の交代事例はいずれも「オトナの事情」をごまかすためであり、ストーリー展開上も無理がありました。視聴者は混乱するだけでメリットはありません。

 ⓶は番組を中断せずに視聴者を繋ぎとめられるので一番無難ですが、レッド抜きで物語を展開させるとなると一時退場の理由も含めてよほど緻密にシナリオを練りこまないとダメでしょう。また、レッド不在を感じさせない仕掛けも必要です。この要件を満たすのはかなり困難と思われます。

 となると、⓷の番組中断の可能性も十分あると言わざるを得ません。ただ、この場合、中断の間何を放送するのかという問題が浮上します。過去作の名エピソードや劇場版をセレクション放送するのが一番無難でしょうが、どこまで子どもを繋ぎとめられるかはやってみないと分からない点があります。
 思い切って「中断期間中の同時間帯に子ども向け番組は放送しない」という手もあります。いわば特番で放送が飛ぶのと同じ状態というわけです。確かにプリキュアも仮面ライダーもあるのですから、スーパー戦隊が一時的になくなっても日曜の朝に子どもたちを繋ぎとめておけるとテレビ局が考えればそうなるでしょう。

 ただ、一度視聴慣習が崩れると立て直せなくなるおそれもあります。いい例が『ドラえもん』と『クレヨンしんちゃん』で、長く続いた金曜午後7時枠から土曜の夕方に移されてしまったことで(この変更は大きな間違いと言われている)、一気に力を失ってしまいました。このことを考えると、一切子ども向け番組を放送しないというのはハイリスクです。

 不幸中の幸いで小宮さんはさほど重症ではないそうなので、短期間放送を中止すれば撮影に復帰できると思います。主人公交代という最悪の事態だけは避けてほしいですね。

Re: キラメイジャーの危機 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/04/03 (Fri) 22:11:54

 心配な状況ですね。

 番組中断にならないのが一番ではありますけれど、たとえ中断になったとしても、また同じキャストで再開するのがいいと思います。
 こんなことで降板になるとしたら、小宮さんの無念はいかばかりでしょう。

 新型コロナウイルス、ありとあらゆる方向で悪さをしやがります。

マックイーンの初主演映画 - エクセルシオール (男性)

2020/03/21 (Sat) 21:02:54

 今年は映画史に輝く名優スティーブ・マックイーンの生誕90年ですが、彼の最初の主演映画が特撮怪獣映画だったということは一般にはあまり知られていません。

 それは『マックイーンの絶対の危機(ピンチ)』(『マックイーンの人食いアメーバの恐怖』という別邦題もある。原題『The Blob』)という作品であり、宇宙から来た不定形の巨大アメーバ「ブロブ」によって田舎町がパニックになるという内容でした。一応カラー映画なのですが、あまりふんだんな予算が使われた作品ではありません。
 ただ、イギリスの『怪獣ウラン』とならぶ不定形怪獣の元祖であり、ネバネバグニョグニョの怪物はなかなかよく描けていました。また、人間ドラマの方も若者と大人の世代間ギャップの問題が含まれており、結構面白かったです。最後は対立を乗り越えて怪物退治に協力する点も良かったと思います。
 なお、オープニングに「ブロブに気をつけろ」という軽妙な歌が流れていましたが、これを担当したのは何と後に『明日に向かって撃て』でアカデミー賞を獲得するなど名音楽家として燦然と輝くバート・バカラックでした(ただしノンクレジット)。明るいくせに歌詞は怖いというインパクトのある歌でしたね。

 ただ、マックイーン自身はこの映画が静かに消えてほしいと願っていたとも言われています(一時金をとって配収歩合に関する権利を放棄している)。だが、ほぼ同時期に放送されていた『拳銃無宿』で人気が爆発したため、この映画はリバイバル上映のたびにすごい興行収入をもたらしたのだとか(邦題はマックイーンがスターになった後につけられたものである)。
 確かに当時は「特撮映画や怪獣映画に出る役者は二流」という発想も強かったと言われており、彼がこの映画は自分の役者人生の妨げになると思ってしまったとしてもやむをえなかったかもしれませんね。日本でも三船敏郎が同様の発想で『スターウォーズ』第一作目への出演を拒否してしまった話を聞いたことがあります。その意味では時代を感じさせるエピソードです。

 この映画は低予算で間延びした部分もあるのですが、全体としてみればなかなかの佳作と言えると思います。
 なお、結末でブロブは冷凍されて北極送りになるのですが、マックイーンが「北極が寒い限りは大丈夫」と妙に不安を残すようなセリフを言っていました。1958年には地球温暖化の問題はまだ一般的に認知されていませんでしたが、未来を見越したような落ちになっており非常に興味深かったです。

 そうそう続編が1972年に作られていますが、こっちにはもちろんマックイーンは出ていません。後、リメイク版もあります(1988年)。

Re: マックイーンの初主演映画 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/25 (Wed) 18:35:56

 私もお勧めします。

『人食いアメーバの恐怖』はたしか小学5年の夏、今は亡き水野晴郎さん解説の(当時は)水曜ロードショーで見たと記憶しています。
 そのときは真剣に怖かったです。

 スティーブ・マックイーン主演だったというのはのちに資料本で知ったはずです。
(うーん、水野解説でマックイーンに触れなかったとすると変な話なのですが、小五のときにはスティーブ・マックイーンを十分知っていたはずなので、解説で話されていれば覚えていると思うのですが・・・)

 そして数年前やっと再見の機会があり、予想以上にしっかりしたシナリオだったことに驚きました。
低予算の怪物映画のひとつだったのでしょうが、後年続編やリメイクが作られたのも、オリジナルの出来の良さあればこそかもしれません。

 ただし、続編はあまりおもしろくなかったと記憶します。
 リメイク版は未見のままだなぁ。

Re: マックイーンの初主演映画 - エクセルシオール (男性)

2020/03/28 (Sat) 14:16:22

 リメイク版はSFホラー映画ファンの評価はかなり良く、確かによく考えられた物語ではあったのですが、それよりも進化した特撮を用いたグロテスクな描写が目について、私はあまり好きではありません。なお、ブロブは宇宙怪獣ではなくアメリカがソ連相手に使おうとしていた生物兵器という設定になっています。

 いくら何でもと思ったのは小学生がブロブに食われて溶かされてしまうシーンがあること。多くのマニアはこの点を「容赦なき妥協なき描写」として讃える傾向にあるのですが、単に悪趣味なだけで映画全体の印象を悪くしていました。
 個人的にはオリジナル版の方が好きですね。

作品の裏設定や考察要素について - なんじぇい (?)

2020/03/14 (Sat) 13:15:28

少し前にも話題になりましたが、昨今の作品には、裏設定や考察要素をちりばめて読者の関心を誘うという要素が多く存在します。
こういうものはエヴァンゲリオンあたりから始まった要素だと思いますが、売る側からすれば読者を飽きさせず、また資料集を買わせるためにも都合がよいと言った風のメリットもあるので積極的に採用されるのかもしれません。
尤も、個人的には欠点があってもファンが勝手に穴を塞いでくれることが一番のメリットだとは思いますが……
一方、作品というものはその作品そのもので完結している方が望ましいことは言うまでもありません。


しかし最近では、なんでもかんでも「裏設定のせい」としてしまう人も見られるようになっています(過去に出会った人は、初代ゴジラのテーマとされるオキシジェンデストロイヤーのあり方を「裏設定だ! そんなのは妄想! シンゴジラと変わらない!」と強弁する人もいました)。
ただ個人的には、例えば『ゴジラvsメカゴジラ』の「搭乗員全員死亡」の下りは考察に入るのか、などは問題になるかはわかりません。
作品の考察要素と、裏設定の違いはなんなのでしょうか。


また裏設定といっても様々なので、私は裏設定を以下の3つに分類してみました。
どこまでがセーフなのかをお聞きしたいです。

①直接的にはっきりとは言っていないが、作品のテーマであるもの(オキシジェンデストロイヤー、『vsメカゴジラ』の搭乗員全員死亡など)
②ものすごく注意して見ないと分からないが、本編では示されているもの(シン・ゴジラの人類紀元、シン・ゴジラはまだ倒されていないなど)
③本編だけでは絶対分からず、資料集が必須なもの(シンゴジラの裏設定多数)




なお、余談ですがシンゴジラが最後凍ったのは液体窒素なのだそうです。
いちおう、「体内温度-196度」という本編の台詞でわかる人にはわかるようにはしているそうです。
おそらく、血液冷却を止めたらシンゴジラは自らスクラムして原子炉を緊急停止し、その方法が液体窒素による凍結……ということなのでしょう。
②なのか③なのか非常に微妙です。個人的には非常に不親切だと思います。
あの映画を見ている99%の人には分からないでしょう。私もわかりませんでした。

Re: 作品の裏設定や考察要素について - 海軍大臣 (男性)

2020/03/14 (Sat) 23:57:20

 過去に出会われた方の仰る「オキシジェンデストロイヤーが裏設定に当たる」とのお話には、正直言いまして今一つ納得ができません。
 たしかにこのオキシジェンデストロイヤーは、我々の暮らす現実世界では飽くまで架空の存在ではありますが、少なくとも映画のストーリーを進める上で、必要最低限の情報(水中の酸素破壊剤であるとか、実験の途中で偶然発見してしまったとか)が観客に向けて語られている以上、作品世界内ではゴジラと全く同じリアリティを付与されていると判断されるからです。
 ここでまた「核兵器のメタファー」などといった言葉を持ち出してしまうと、論点の本質から外れてしまいそうなので止めておきますが、兎も角、【ゴジラ】第一作を「作劇の面」から眺め直してみると、オキシジェンデストロイヤーには典型的なデウスエクスマキナとしての役割が持たされていると理解できます。御承知のように、これは行き詰まったストーリーを一気に結末へと向かわせる超然的存在のことです。

 仄聞しますにストーリーを作る上では、このデウスエクスマキナと云うものを持ち込むのは余り褒められたことではないようです。正しい劇の展開とは、常に最初から語られてきたストーリーの因果関係を伴わねばならないとされるからだそうで、この為、話の後半で唐突に登場するオキシジェンデストロイヤーを描くに当たって作り手たちは、戦争の傷を負った登場人物であるとか、核ドクトリンのエスカレーション(原爆対原爆、水爆対水爆…といった具合に破壊威力が強化されること)への恐怖を併せて語ることで、何とか作劇面での因果関係を与えようとしているのが判ります。前にも書いた表現ですが、このオキシジェンデストロイヤーというものは、ゴジラの物語に終わりを告げるための、それ以上でもそれ以下のものでもない存在であって、理解の及ばぬ海外の監督が自作の中に軽々に持ち込むべきものでもなければ、後になって無責任なファンがその故事来歴やら性能やらを勝手に妄想するためのアイコンでもないと考えます。

 また、なんじぇいさんが気にされている「作品の考察要素と、裏設定の違い」ですが、以前に「大楽必易」との言葉を持ち出したように、私としましては少なくとも一般向けの娯楽映画作品というものは、万人が理解できる平明さを持つべきと考えます。少なくとも一部のファンのみをターゲットにした、鑑賞の際には前もって設定資料に目を通しておかねばならない作品ばかりが作られていくようではすと、そのジャンルは明らかに先細ってしまうと愚考されるからです。
 また、最後に述べられているシンゴジラの液体窒素云々については、せめて凍結後にそれらしい解説のセリフを入れてくれれば良いものを、全く不親切だと思います。(新元素の半減期などといった余計なセリフはあるクセに…)

 あと、東宝特撮映画に裏設定的な要素が持ち込まれた最初の例は【ガンヘッド】あたりではないかと思っております。

 

Re: 作品の裏設定や考察要素について - なんじぇい (?)

2020/03/15 (Sun) 00:26:35

『ガンヘッド』に関しては、私の記憶から完全に消え去っていました。確かにあれも裏設定がかなりありましたね。
液体窒素に関しても全くの同感です。「-196度」だけであそこまで読み取れというのはいくらなんでも無理があると言わざるを得ません。



オキシジェン・デストロイヤーに関しては少し言葉足らずでした。
知り合いが妄想と言ったのは、「オキシジェン・デストロイヤーが科学の到達点である点」「初代ゴジラにおける芹沢博士の立ち位置」などです。

オキシジェン・デストロイヤーが抗核バクテリアやブラックホール砲、メカゴジラ、スーパーX等といった超兵器とは全く別物だというのは、『シン・ゴジラ』であれこれファンが妄想じみた考察をしていることと何が違うのかわからない、正しい考察と単なる深読みの違いが分からないという感じでした。

Re: 作品の裏設定や考察要素について - 海軍大臣 (男性)

2020/03/15 (Sun) 11:52:02

 作劇という観点からしますと抗核バクテリア(というか、その基になったG細胞)やブラックホール砲は、飽くまでもそれぞれの登場作品が語られる切っ掛けとなるものであって、作品を終末に持ち込むための存在ではない以上、明らかにオキシジェンデストロイヤーとは区分されねばならないと思います。
 メカゴジラ、スーパーX等といった超兵器については、「実在しない」の一点のみがオキシジェンデストロイヤーと共通しているだけで、これらは作劇上での主役(ゴジラ)にとっての対立軸上の存在となりますから、これまた区別せねばなりません。「実在しない超兵器」というラベリングを外して眺めてみますと、アンギラスやキングコングといった対戦相手と変わらないスタンスにあることからも御理解いただけるのじゃないでしょうか?

「オキシジェン・デストロイヤーが科学の到達点である点」との文言につきましては、出典を知らないので発言は控えますが、「初代ゴジラにおける芹沢博士の立ち位置」の問題に関しては、飽くまでも【ゴジラ】第一作のストーリー中では、芹沢大助とオキシジェンデストロイヤーはワンセットで前述したデウスエクスマキナの役回りを持たされていることになるのでしょうから、後のゴジラシリーズ中でオキシジェンデストロイヤーが取り扱われる際には、芹沢博士の存在に触れねばならぬことは必然なのだと思います。ですから、その点にのみで云うなら【ゴジラVSデストロイア】の在り方は正しいように思われます(でも、正直言って余り好きな作品ではありませんが)。

Re: 作品の裏設定や考察要素について 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/17 (Tue) 18:22:48

 すでにお話が進んでいて、流れを乱すことになってしまいますが・・・。

 最初に。

 ―196度が液体窒素を示唆するものだとしても、あの映画の不合理を説明することにはならないでしょう。
(その窒素はどこから来た? 液化するほど冷やしたのは誰? ちんごじらが何度まで加熱されたのか知らないが、それを―196度にしたということは、さらに低い温度のもので冷やした結果、―196度になったのか?
あるいは―196度の何かを浴びせ続けて同じ温度まで下げたのか???? また原子炉スクラム後に冷やす必要があるとすれば、それは何のため?誰のため?そもそもなぜスクラムした?)

 核分裂とは何か、原子炉とは何か、原子炉のスクラムとは何をすることなのか、そして、ちんごじらは体内の原子炉で何をしているのか(これは劇中に説明がない)、
などということを調べたり考察してみることをお勧めします。
『シン・ゴジラ』、納得できないことだらけです。

 そして設定・裏設定のお話に移ります。

 設定にも現実の枠に収まるもの、作品内でしか通用しない架空のものの大別して二種類あります。
舞台として現実の日本を選ぶことも設定の一つ。
そこに登場する人物を実在しない誰かにすることも設定です。

 架空の存在を設定するとしても、観客の常識におさまるものであれば格別な説明がなくても理解可能ですから物語の進行を阻害することはありません。
しかし、地球ではないどこかの惑星や現代ではないいつかの時代を舞台にするのであれば、劇中で説明しないと観客がストーリーを理解するのが難しくなります。
ここでいう説明とは、言葉を使った講釈とは限りません。描写によって伝える説明もあります。

 作品に触れることで理解できる、伝わるものが通常の設定と言えるでしょう。

 それとは別に裏設定というものもあります。
作品に触れるだけでは分からない、しかし、作品を作り上げるのに必要な設定です。
『七人の侍』において勘兵衛(志村喬)の設定は大学ノート一冊分あったそうです。(いや数冊分だったか?)
その内容は『七人の侍』を見てもすべて伝わるとは思えません。それでも勘兵衛を生きた人間にするために必要な設定であったということでしょう。
勘兵衛の人生すべてを知らなくても『七人の侍』という物語を受け止めるのに支障はありません。
これが正しい裏設定です。

 それに対して、ストーリーを理解するためには必要なのに説明されない設定が昨今流行っている間違った裏設定。
ストーリーを成立させる設定が隠されているとなると、作品に触れるだけでは作品内容を理解できません。
それでも何かの理由で作品全体の「空気感」に親和性を感じた観客なら資料本などを買って裏設定も知りたいと思うのでしょう。
さらには破綻している部分を妄想で補って欠陥作品であってもその弁護人を買って出るのでしょう。
(世界設定の場合は、すべてを説明していなくても成立することはあります。どうしてそんな世界なのかがわからなくても、そこで展開されるストーリーに納得できれば「劇」になるでしょう)

 劇中で提示されていないかコマ送りしないとわからないような情報を使って解釈しなければならないとしたら、やはり表現として落第でしょう。
表現とは何でしょう。私は、誰かが何かを誰かに伝える行為だと思っています。伝わらないとすれば、それは表現として失敗でしょう。

 隠されたままでは物語の理解に支障を来す設定は「裏」にしてはいけない。

 作品鑑賞の為の考察要素とされるものは、作品に表出されているすべての事象です。ストーリー上描かれていなくても、劇中の事象から類推できる事物も考察に値するでしょう。
しかし、劇中の事物・事象と関連がなく、常識ないし既知の知識の範疇でもない「何か」を付け足して考察(?というより創作)するのは作品鑑賞ではありません。これは二次創作。
ただ私は二次創作を否定するつもりはありません。なんらかの作品をきっかけに二次創作するのも楽しみの一つではあると思っています。
そして二次創作の結果表れたものは元になった作品の評価とは分けて考えるべきです。

 と、偉そうに書いてきましたが、なかなかグレーゾーンが広い議題のようにも思います。このあたりは具体例を挙げて考えることで答えが見えてくるように思います。

(なんじぇいさんがおっしゃった「オキシジェン・デストロイヤーが科学の到達点である点」という表現は、私が2019年6月10日に投稿した記事において、
「オキシジェンデストロイヤーとは、いつか科学が到達するかも知れない魔法のような技術なのです。(十分発達した科学は、魔法と区別できないだろう。アーサー・C・クラーク)」と書いた部分が基になっていますでしょうか。
とすれば、作品と無関係な妄想ではありません。作品で描かれたことを総合したひとつの解釈です。この件は、妄想だとおっしゃるご本人とお話しすべきことですね。
また、芹沢大助+オキシジェンデストロイヤーが作劇上は海軍大臣さんがおっしゃるようにデウス・エクス・マキナに分類されるのは致し方ないところではありますが、
科学の進歩とその誤用さらに科学者の倫理という作品全体のテーマを背負う存在であることから、決してご都合主義的存在には見えないのが大事な点です。『原子怪獣現る』のリドサウルスを倒したアイソトープ弾なんて思いつき新兵器とは表現上の存在意義が違います)

Re: 作品の裏設定や考察要素について - なんじぇい (?)

2020/03/18 (Wed) 21:11:02

お二人ともありがとうございました。

いまいち分かっていない考察のしかたや裏設定の書き方などについて、とても参考になりました。

残念ながら「大海獣」は無し - エクセルシオール (男性)

2020/03/12 (Thu) 20:51:36

 メカゴジラの元ネタとなったとも言われるロボットの怪物が登場する『ゲゲゲの鬼太郎』のエピソード「大海獣」。2018年から放送されている『ゲゲゲの鬼太郎』のテレビアニメ第6シリーズにおいて「大海獣」の回もあるだろうと思われていました。ところが、全く残念なことにその可能性はなくなったと言えます(今後、続編や劇場版があれば話は別だが)。

 6期鬼太郎はもうすぐ終わりを迎えます。あと3回くらいしか放送がないうえ、物語も最終局面に突入しており、さらに鬼太郎は、おなじみの二大強敵、ぬらりひょんとバックベアードを同時に相手にしなければならない状況です。これではとても大海獣の登場の余地はありません。
 
 なんでこんなことになったのかとても不思議です。「大海獣」は原作でも屈指の人気エピソードであり、それを現代風にアレンジすれば非常に面白い話になったはずです(最新のアニメで描かれる大海獣とロボット大海獣の対決を観たかったファンは少なくなかっただろう)。また、2年間も放送期間があったのですから、いくらでも放送の機会はあったと思います。

 6期鬼太郎に関しては現代の社会問題や文化風俗を取り込んでよく考えられた物語が多いと評されてます。その評価は間違いではないのですが、一方で作風が陰気すぎるのではないかという疑問もあります(日曜朝の子ども向けアニメとは思えないほど暗くて後味の悪いエピソードも目立つ)。実際、人の心の闇をえぐったような描写が少なくなく、一方で鬼太郎の人間に対する姿勢も非常に冷めた突き放したようなものがありました(正直、5期までの鬼太郎を知る者としては違和感がある)。
 そのため、『ゲゲゲの鬼太郎』の作中でもっとも利己的で心の曲がったキャラである山田秀一をうまく描けなくなってしまったのかもしれません。原作でも第1期アニメでも、鬼太郎は山田を大きな心で許してやったし、怒り爆発鉄拳制裁の3期でも最終的には許してやりました。しかし、6期では鬼太郎が過去作ほど人間に優しくないため、山田との関係は「徹底して相手を滅ぼしあう」こと以外ありえず、あまりにも陰惨になってしまうため、「大海獣」のアニメ化を断念することになったのではないでしょうか。
 こう考えると制作姿勢そのものが首を絞めたような感じもします。実際、6期鬼太郎スタッフの姿勢には子どもを置き去りにしているところがあり、何というか『ウルトラマンネクサス』などと同じ匂いがして、どうも好きになれません。

 7作目の鬼太郎が作られるとしたら2030年くらいでしょうが、その時はもっと明るい作風にして、今度こそ「大海獣」をアニメ化してほしいですね。

Re: 残念ながら「大海獣」は無し 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/13 (Fri) 21:37:50

 今回の鬼太郎では「大海獣」をやらないんですね。
 放送を見てはいなかったのですが、新聞のテレビ評(だったと思う)で現在放送中のアニメ「鬼太郎」は内容が深いと書かれているのを読んで、
それはめでたい、なんて思っていました。
(だったら見ればいいじゃん。いや、もうそこまで手が回らないというのが実情で・・)

 エクセルシオールさんの分析を読むと、むむむ、そっちのノリだったのか、とちょっと残念な思いです。
ストーリーが人間の暗部を描いていたとしても、鬼太郎までもが人間に対して冷たい態度を取る必要はないんじゃないでしょうか。
ここにもキャラ改変の動きがあるんでしょうか・・・。
「墓場鬼太郎」は知らないけれど、「ゲゲゲの鬼太郎」では原作でも鬼太郎はけっこうお人好しだったように覚えていますが・・・。

Re: 残念ながら「大海獣」は無し - エクセルシオール (男性)

2020/03/15 (Sun) 22:29:14

 『墓場鬼太郎』については、2008年に深夜枠でアニメ化されていますが、鬼太郎が平気で人は殺すわ、恩人は見捨てるわで、まことに不愉快な内容でした。
 ただ、マニアからは熱狂的な支持を受け「これぞ正しい鬼太郎だ。」と讃えられ、ほぼ同時期に放送されていた『ゲゲゲの鬼太郎』の第5シリーズがクソみそにけなされていたものです。この辺マニアがよく陥る陥穽(マニア受けするものであればあるほど傑作扱いされがち)が見えますね。

 なお、『墓場鬼太郎』の原作はさらに込み入った事情があり、水木しげるさん以外が書いたものも存在しており(竹内寛行版)、何をもってゲゲゲの鬼太郎の起源というかははっきりしない状況にあります。

>ストーリーが人間の暗部を描いていたとしても、鬼太郎までもが人間に対して冷たい態度を取る必要はないんじゃないでしょうか。

 仰る通りだと思います。むしろ鬼太郎が優しく暗闇に堕ちた人間をも何とか救おうとする性格であった方が、かえって人の暗部を浮き彫りにし、かつ、視聴者の心に訴えるものになったのではないかと考えます。残念ながら6期の鬼太郎ではかえって「身勝手な人間の方に同情してしまう」結果になりかねない側面もありました。
 
 現状では「ひたすら不気味で人間を不幸にする墓場鬼太郎」こそ正しく、「心優しく正義を貫くゲゲゲの鬼太郎」は間違っているという発想が玄人筋では強い(一般的な人気が最も高かった第3期が特に叩かれるのはその証左である)。何だかヒーロー時代が全否定されがちなゴジラと同じような状況ですね。鬼太郎の場合は、原作でもヒーロー要素の方が圧倒的に多かったわけですから、ゴジラ以上に変な話なのですが。
 

Re: 残念ながら「大海獣」は無し 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/17 (Tue) 18:24:36

 ある種の人は、深刻だったり残酷だったりなんらかの不快感を与える作品を優れたものと考えたがるようで困ったものです。
深刻でも残酷でもいいけれど、その枠組で巧く出来ているのかを考えるべきだし、鬼太郎やゴジラといった昔からいる有名キャラクターを使うなら、
ストーリーの方向性がどうあれ、スターキャラクターのアイデンティティを守るべきと思います。

 アニメ版「墓場鬼太郎」、そんなに酷かったんですね。最初の1~2話を試しに見たのですが、どうにも乗れなくてリタイアしました。

大怪獣のあとしまつ!? - なんじぇい (?)

2020/02/27 (Thu) 23:13:05

山田涼介×土屋太鳳×三木聡監督 松竹&東映タッグ『大怪獣のあとしまつ』
https://www.cinra.net/news/20200227-daikaijyu/amp?__twitter_impression=true

倒されたあとの怪獣の後始末を描いた実写映画が公開されるそうです。
どのような映画となるかは全く未知数ですが、昨今の怪獣もの企画の一貫ということでしょうか。

個人的には、多少は見てみたいなあとは思います。オリジナルなので頑張ってもらいたいです。

Re: 大怪獣のあとしまつ!? - エクセルシオール (男性)

2020/03/03 (Tue) 22:23:45

 「倒されたあとの怪獣の後始末」。面白いところに目を付けたと思います。過去の作品を見てみると、確かにウルトラマンなどが怪獣を文字通りちりも残さず消滅させてしまうこともありますが、死体が丸ごと残ったり、木っ端みじんになってあたりが破片だらけということもしばしばあります。

 確か『空想科学読本』で怪獣を爆砕したりしたら、対内の変な病原体とかが外に出たりしてかえって危ないのではということが書かれていましたが、この映画はその問題に真っ向から取り組むものになりそうですね。
 あまり重苦しくせずにコメディタッチで描いた方が良いと思います。

 なお、怪獣の死体がどうなるかは歴代の作品ではあまり深く掘り下げられることがありませんでしたが、例外的に『ウルトラマンマックス』の第30話で、「極端に早く腐敗して骨も残さず消えてしまうので化石になりにくい」という設定が示されていました。なるほどうまいこと考えたなと思ったものです。

Re: 大怪獣のあとしまつ!? 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/13 (Fri) 21:36:03

 いやもう大変な遅レスですんません。

 この映画の噂は割と最近別ルートでも聞いていました。
私の注目点は監督が三木聡氏であること。

(いや、松竹と東映が共同製作というのにもぶっ飛ぶんですが)

 映画作品では『亀は意外と速く泳ぐ』しか見ていなくて、それもかなり記憶が薄れてしまっていてどうこう言えないレベル(ひねくれているけれどなかなかおもしろかったという印象)なんですが、
舞台演出ではシティ・ボーイズライブをテレビで何本も見ています。

 一番最近の「仕事の前にシンナーを吸うな、」(2017)は劇場で生鑑賞しました。
その中の一ネタ。
 お目々ぱっちり修正プリクラで、妖怪百目のソフビを撮影するとどうなるか。

 そんな舞台に関わる人ですから、良い感じにふざけてくれることを期待します。
ただ映画『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』(2018)はあんまりおもしろくなかったと知人が申しておりまして、うーーん、映画はどうなんでしょうか。

シン・ゴジラの設定がああなった理由が遂に分かりました - なんじぇい (?)

2020/01/12 (Sun) 23:24:32

ギドラさんは「ゴジラは自然の生物であり、人為的に作られた生物ではない」とおっしゃっており、私もそれに賛同します。
しかしなんと、庵野監督はギドラさんとは真逆とも言えるゴジラ観を持ち、その結果が『シン・ゴジラ』に繋がったそうなのです。

「ジ・アート・オブ・シンゴジラ」の495ページの庵野監督のインタビューから丸々抜粋します。
本人監修の本人の口から発したインタビューなので、これ以上に正確な理由はないと思います。


「僕は『ゴジラが自然発生する』という設定はゴジラの定義から外れると思っていました。自然の中にいた生物が、人間の手によって悲劇を背負った存在になる。それがゴジラの定義だろう、と。
とはいえ、幸い現代では地上での核実験もやっていないし、核廃棄物の側で自然に育ってゴジラになってしまうような設定では、リアリティが足りない気がするんです。偶然にしても意図的にしても人工的ななにかが加わらないと、今の観客はゴジラの設定を納得しないだろうと。
それと、水爆実験がゴジラの誕生の原因という設定を鑑みても、戦争のメタファーも本作では外せないだろうと。なので、人間の業や科学の業も加わらないとゴジラにならない気がします。」


つまり庵野氏は自然発生するゴジラをゴジラの定義と思っておらず、更にゴジラがもともとあの姿をしていたり、人為的な影響が加わっていない状態だとリアリティがないと考えたのだそうです。

また変態に関しても、これもいきなり二足のままあんな巨大生物が出てくるのはリアリティがないと考えてしまったのだそうです。
https://news.yahoo.co.jp/byline/sakaiosamu/20160812-00061026/
からです。
「生物体として庵野さんがおかしいって言うんですよ。あんなでかいのに二本足で立ってるってのも。完全生命体だから自分で進化できる設定にして、進化する過程で直立してるんだってことで説得されちゃいました。」



意外にもこのようなゴジラ観を持つ人々は多数おり、あんな姿格好の生物がいるわけがないから進化した結果ゴジラに近い姿になることはリアリティがあってよいと絶賛する人々は大勢います。
自然にあんな生物がいるわけがなく、人為的な影響が加わらないとリアリティがないと考えてしまう人も、現代科学発展の業かこれもかなり見かけます。


このような意見に対してはどのように反論すればいいのでしょうか。
また観客たちにゴジラの設定でリアリティを感じさせる方法も、また分かりません(そんなのあり得ないと思われてはおしまいである)。
皆様の意見をお聞きしたいです。


これはとても大事なゴジラ観の問題であり、庵野氏以外にもこのような意見を持つ人はかなりいるため、『シン・ゴジラ』で立てさせていただきました。

賢しらに浅薄なことを言う奴は嫌いだ 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/01/14 (Tue) 16:07:06

 なんじぇいさんの不安を解消することになりますかどうか。

 『ゴジラ』(1954)で提示されたものがゴジラの設定です。
それを書き換えてもゴジラであるとするのは論理的に間違っているとしか言えません。
(これは劇中での山根発言をすべて受け入れろという意味ではありません。ジュラ紀を200万年前とするなどその意図は別として明らかな誤謬は引き継がなくていいでしょう)
本来のゴジラが現代社会において訴求力を持たないと考えるなら、ゴジラ映画を作るべきではありません。

 そして元祖ゴジラは現代においても十分通用する設定を持っています。
 水爆による放射線、熱線を受けながら生きながらえている生物というのは、
「人類科学が未だ解明しきれない大自然の謎」を体現する存在として現代人に突きつけるべき映画装置です。

 これをリアリティがないと否定するのは、科学とは何かという観念が間違っているからでしょう。
科学とは論理で宇宙の現象に法則を見いだそうとする行為であり、そこには法則化しえない現象の解析も含まれます。
また科学とは常に書き換えられるものであり、数学的に正しく見えても実際の現象を説明し得ないものは捨てられます。
ガリレイ変換(その内容はネットなどで調べて見て下さい)は一見正しく見えますが、真空中の光速がどんな系でも不変であるという事実によって捨てられました。
怪獣は現象として描かれます。科学で説明する必要はありません。
現在の人類科学など、宇宙森羅万象を何も分かっていないし、大自然の業をコントロールすることも出来ていません。
そんな科学の不備を体現するのが怪獣です。

 つまり、大自然の不思議を体現させるためには、科学では説明もコントロールも出来ないものを描く必要があるのです。
リアリティを持たせるためと称して科学知識を援用するのは、本来のテーマを失わせる結果になります。
現在の科学で説明出来るものを用いて科学では未だ説明出来ないものを象徴するというのは論理矛盾です。
 このあたりは怪獣映画観が違っていると異論が出てくるのでしょう。
怪獣を人間の行いを象徴するものだと考えてしまうと別の手法を使うことになりますが、私が唱える怪獣映画観は『ゴジラ』(1954)以降おおむね1970年代(第二次怪獣ブームまでか)までの
怪獣作品から読み取ったものです。例外作品はあるにせよ、怪獣を科学知識の外にあるものとするのは共通了解事項であったはずです。
(テレビの怪獣ドラマにおいてウルトラマンが必要になったのはなぜかを考えよ)

 また、人為的だの進化だのとご託を並べても、ちんごじらのどこに科学的リアリティがあるのでしょう?
説明を付けた結果、突っ込みどころが増えただけです。
(◯◯の考え休むに似たり)

『ゴジラ』(1954)はもちろん『キングコング対ゴジラ』においてもかなり明確に「説明出来ないのが怪獣である」という主張が繰り返されています。
これを読み取ることが出来ず、大昔の怪獣否定派の主張(科学的にあり得ないから下らない)を受け入れて、
人為的に作ったなら怪獣もあり得るとするのは、怪獣映画の大テーマ、科学はまだ大自然を解明し切れていない、を否定する態度です。
怪獣が人為的にしか生まれ得ないものであるなら、すべては人間の業となり人間の知識を超える存在を提示することは出来ません。

 ゴジラ以外の、とくにアメリカ産の怪獣には放射線で変異した生物が多数でてきますから、ゴジラもまたその仲間入りさせられてしまった過去はあります。
ゴジラの説明に「核実験の放射線で恐竜が変異した」という解説が書かれていることも多かったです。(さすがに最近はそんなバカ解説は減りましたが)
庵野発言での「ゴジラの自然発生」にしてもよくよく読むと放射線の影響でなんらかの生き物が怪獣化するという意味で使っているように見えますね。
 元祖ゴジラの、核実験の結果もともといた怪獣が人類社会に出現した、という設定で科学の誤用・ひいては戦争の問題を含ませることは可能です。
元祖ゴジラはゴジラの存在そのものは大自然のなせる業で、しかし、人間の目に触れないところで生きていたものが世界を脅かすものとして出現したのは、
人間の過ち、という構図を作っているのです。

 それぐらいのことは『ゴジラ』(1954)をちゃんと見ていればわかることです。

 さて現代の観客が大自然が生み出した怪獣を受け入れないのかどうか。
レジェンダリーゴジラの設定はどうだったでしょう?
あれをリアリティがないとして否定する意見がどれほどあったのでしょうか?
ゴジラに限らず、さまざまな怪獣・怪物映画が作り続けられてきた結果、じわじわと現象としての怪獣を受け入れる素地が出来上がっていると見ます。

 怪獣を科学で説明してはいけない。(怪獣の定義は広いので例外があり得ることは重々承知で敢えて断言)
劇中で、現代科学では説明のつかない存在が怪獣なのだという表現をしっかりと行えば(『大巨獣ガッパ』にもそのようなくだりはある)、
科学を過信する蒙昧な人々からの批判にも揺らぐことのない作品になります。
 もうひとつ言えば、あり得ないことを実在感をもって描き出すからこそ怪獣映画はおもしろいのでしょう。
ちんごじらだって科学的にはあり得ませんよ。
あのエセ科学解説のいい加減さたるや、『ファイナル・ウォーズ』と大して変わりません。

 補足として・・・。
 ゴジラはこうあるべきと唱える人の多くが映画作品そのもので描かれた元祖ゴジラに立脚せず、
漠然としたイメージや評論本などの言説を基にして結局は独自の怪獣を創作しているのは困ったものです。
 現在ではゴジラを名乗る別の怪獣が増殖してしまったので、それらをすべてゴジラとして捉えてしまうとゴジラのイメージは曖昧となり、
自分が思いついたものもゴジラでいいじゃないかと考えてしまうのかも知れません。
 ゴジラは怪獣の中の一種類であり怪獣であるならゴジラであるとは言えません。

Re: 最後の質問です - なんじぇい (?)

2020/01/14 (Tue) 20:27:57

ありがとうございました。改めてシン・ゴジラはゴジラではないこと、そして庵野氏の言う「人為的な怪獣ではないとリアリティはない」という意見が完全に間違っているということがよく分かりました。


最後に1つだけ質問をさせてください。
というのも、これが庵野氏の怪獣映画に関する主張であり、またシン・ゴジラを擁護する人達の意見の根幹であるからです。



庵野氏は「ゴジラは虚構の生物なので、ゴジラに関してはリアリティのためあえてそれらしい科学解説はつけているけれど、実際はよく考察したら滅茶苦茶である」という発言をしています(これに関してはソースが見つかりませんが、私も見たことはあります)。

またゴジラは虚構の存在なので、飛躍した存在を持って倒すしかないという発言をしています。
これはジ・アートに記述されてあります。抜粋します。
「いつスーパーXを出そうかとも考えていました(笑)。やはり超兵器を出すしか、ゴジラに勝てる方法がないんですよ。飛躍した存在を倒すには、同じくらい飛躍した荒唐無稽な攻撃方法が必要なんですね。無人在来線爆弾を思いつくまでは、心底苦しかったです。
怪獣という存在に対し新たな虚構として銀色の巨人を発明するのも分かります」
「ヤシオリ作戦のシーンは電車も建機も航空機もあえてミニチュアっぽく描いています」


すなわち庵野氏は、リアリティのため科学解説はつけるが、飛躍した存在であることを示すために一見リアルに見えるがよく見たら滅茶苦茶な科学解説にし、在来線爆弾や凝固剤というリアルには見えなくもないがよく見れば滅茶苦茶な方法で倒したそうなのです。
この辺りは庵野氏は虚実のバランス、あえてあり得ない描写を積極的にいれているなどと言っています。


「科学をよく知らない一般人には一見リアルな科学解説や撃退方法を見せて引き込み、目ざといマニアにはよく見たら滅茶苦茶な科学解説や現実には不可能な撃退法でシン・ゴジラが超越した怪獣であり、超兵器でしか倒せないことを示している。
よって本作は皆に楽しめる良質な怪獣映画である」という主張です(あえて怪獣映画としているのはゴジラ映画ではないからです)。


ホントかよと言いたくもなるような主張ですが、庵野氏が言っているので演出としてはそうなのでしょう。実際電車爆弾やポンプ車のCGはたしかに稚拙です。


果たしてこれをもって『シン・ゴジラ』は怪獣映画としてはまっとうなものと言えるのでしょうか。
私としては、庵野氏が後で解説しないと演出の意図がわからない人が圧倒的に多いという時点で失敗しているのではないかと思うのですが……



なお、庵野氏の発言で「ヤシオリ作戦はリアルだ。シン・ゴジラは最後までリアルな映画だ」と主張していたにも関わらず梯子を外された思いをした人もいるということは書いておきます。

追記 - なんじぇい (?)

2020/01/14 (Tue) 21:11:20

「ゴジラは虚構の生物なので、ゴジラに関してはリアリティのため~」は私もおぼろげな記憶しかないため、発言の確証はできません。
しかし、庵野氏は「ゴジラは虚構の存在」「飛躍した存在」「メタファー」などと繰り返し発言しており、倒し方も現実では倒せないからわざとよく見たら非現実的であり得ないものにしたと繰り返し発言しています。
またヤシオリ作戦は娯楽映画のため、あえて面白さ重視だそうです。


その為、詳しく書けば
「ゴジラの設定がよく見たらおかしなところが多いのも、ゴジラが虚構の存在なのだからわざとだ。
一般人にはリアリティや娯楽で見せ、怪獣マニアや怪獣映画を子供だましと見ている人には『怪獣は戦争問題などのメタファーを与えられた虚構の存在なので現実では倒せないこと、虚構のものでしか倒せないという皮肉である』という深遠なテーマを与えている。
また怪獣に対しても現実では敵わないことを庵野氏ははっきり言っているという良質な怪獣映画である」

という意見でしょうか。
私も、倒し方をあえておかしくしているのなら、ゴジラの設定もわざとかもしれない……とはどうしても思ってしまいます。

どのみち分かりにくすぎる演出、失敗しているのではないかと思いますが……

まともに相手しちゃダメなんじゃないかな 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/01/16 (Thu) 16:04:03

 ゴジラ映画を作ってくれと頼まれて、ゴジラの倒し方を考える時点でゴジラ映画を分かっていない証拠。
たとえ現実離れした殺し方であっても、劇中の人間達(芹沢のような特殊な立ち位置の人物ではない)に殺される(倒される)のではゴジラではない。

 現実には存在しない超生物に現実の科学を超えた架空の理論や技術で説明をつけるのは間違っていないけれど、説明することで科学を超えた存在ではなくなる。
 そして『シン・ゴジラ』の問題点は架空の理論や架空の現象を用いていることではなく、
劇中で提示された設定が既知の科学知識と齟齬を来していることや合理性の欠如、自己矛盾していることである。

 虚構の存在に対しては破綻した説明でも良い、とする考えは理解できません。
ストーリーの信頼度を下げることになんの利点があるのでしょうか?

 なんのことはない、自己正当化しか考えない人が失敗をごまかすときに使う典型的な言い逃れでしょう。
間違いには気がついていたけれどわざとやったんだよ、と。で、わざとやった理由を屁理屈で固める、と。

 庵野発言に対する突っ込みどころはほかにもありますが、
結局、例の、人類紀元を採用している世界であることを気がつかれないように、しかし、はっきりと映像に残していることの卑怯さですべてはばかばかしくなるのです。
我々の世界とは別の地球の話なんですよ。
いくら科学考証に関して正当な突っ込みをいれても、別宇宙の話であると逃げられてしまいます。
(冷却システムを止めるのが目的の作戦の結果、なぜか対象物の温度が下がるなんてわれわれの宇宙では甚だしくおかしなことですが、まったく別の物理法則をねつ造すれば、矛盾ではなくなるでしょう)

 というわけで『シン・ゴジラ』に関して語るのはばかばかしいのです。

ああ我慢できない。ひとつだけ書きます。
 無人列車爆弾が超兵器並みの荒唐無稽な攻撃なんですかね?
レールの上を走ってくる、軌道を変えられないポンコツ攻撃でしょう。ちんごじらが歩き出さなくてよかったね。

『シン・ゴジラ』が特撮だの怪獣だのという枠を超えてダメな映画であることはさんざん書きましたので・・・。(もうほんと止めよ)

全くおっしゃるとおりでした - なんじぇい (?)

2020/01/16 (Thu) 16:26:45

自分も庵野氏の発言はどうにも言い訳に聞こえると思ってはいましたが、ここまで論理的にはっきりと否定されるとモヤモヤから解き放たれたような思いです。
お陰ではっきりとけじめをつけることができました。ありがとうございました。
同時に、長々とお付き合いさせてしまい申し訳なく思います。
これからは自分もニュースを除いては、シン・ゴジラの話題を振ることはありません。


最後になりますが、私はオタクの性かどうにも情報収集が好きで、ゴジラに関する設定資料集は(たとえ嫌いな映画だろうと)相当に読んで設定を記憶している自信がありますが、それを無学ゆえか考察や実践に繋げられないことを誠にもどかしく思っています。
改めて、親切に答えてくださりありがとうございました。

Re: シン・ゴジラの設定がああなった理由が遂に分かりました 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/01/17 (Fri) 22:07:59

 恐縮です。
お役に立てたなら幸いです。またよろしくお願いします。

Re:本当にごめんなさい、1つだけ書いておきます。 - なんじぇい (?)

2020/03/13 (Fri) 20:03:26

ごめんなさい。
これは質問でも訳のわからない裏設定でもありませんので、ただ書いておきます。
シンゴジラは倒されていないのです。

シン・ゴジラは公式でも「ヤシオリ作戦で倒されておらず、凍結後でも進化している」ことになっています。

これは作中で描写されているので引用を載せておきます。
https://twitter.com/_Beverb/status/929715136167686145

もっと分かりやすいもので言うなら、ヤシオリ作戦の凍結直後でしょうか。
ネットを探せば出てきますが、尻尾の形の変化で示されています。

「第5形態はゴジラからほど遠い」「だからと言って半減期20日がいいわけがない」等はそれはもう言うまでもないことであり、ここに書くことをずいぶんと悩みました。
ですがやはり、このままではよくないのではないか、他の誰かに鬼の首を取ったように指摘される方がよろしくない、と思い、ここに書いておきます。
無駄に知識だけはあるので……すみません。
せめてもっと早くに書くべきだったと思います。本当にごめんなさい。

Re: 本当にごめんなさい、1つだけ書いておきます。 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/03/13 (Fri) 21:34:37

 いいですよ。
 「我慢するのは胃に悪い」とは50年ほど前にコント55号が歌ってます。

 まー、凍結後に変化したのか動いたのか、どっちにしろストーリー上彼奴は無力化されたのだし、例の細胞膜の機能を阻害する微生物がいるんだから倒されたも同然てわけです。

アニメでガメラをやるかもしれません - なんじぇい (?)

2020/02/10 (Mon) 20:23:27

個人的にはなかなか驚いたニュースです。

https://twitter.com/tmark365/status/1224497862311964672

角川が「ガメラ」をアニメで商標登録しました。
アニメでガメラをやることになるのではないかと話題になっています。

ガメラをアニメでやるとして、皆様はどんなことを望みますか?

Re: アニメでガメラをやるかもしれません - エクセルシオール (男性)

2020/02/11 (Tue) 11:47:49

 一般論として言えば怪獣ものをアニメで制作すること自体は否定されるべきではありません。また、荒唐無稽な要素の多いガメラはある意味ゴジラよりもアニメに向いているのではないかとも思います。

 しかしながら、アニメ版ゴジラの惨状を思い返すと、不安材料の方が多いと言えます。またぞろ「ガメラ」という名前を用いて訳の分からない話が作られる危険性は少なくないでしょう。

>ガメラをアニメでやるとして、皆様はどんなことを望みますか?

 もしアニメ版ガメラを制作するのであれば、マニア向けではなくきちんと子ども向け、一般向けに作ってほしいですね。その枠組みの中で真っ当な話を作ることは可能だし、そうすべきです。それこそクリエイターの腕の見せ所でしょう。
 私は近年とかく酷評されがちな「子どもの味方の大怪獣」であるガメラが嫌いになれない(『ガメラの歌』とか『ガメラマーチ』とか大好きです)。それはゴジラとは異なったガメラの個性であり、むしろその要素をスタイリッシュに描く方が良い作品になると思います。

 ただ、今のクリエイターにとってもファンにとっても、ガメラというと金子修介版の印象が強いでしょうから、アニメ化されるとすればそっちに近いものになる可能性が高いでしょう。
 いずれにせよアニゴジの轍だけは踏んでほしくないです。
 

 なお、ゴジラの方はまた変なゲームと変なコラボをしています(『ビビッドアーミー』というミリタリーゲームだが、その広告はアダルトゲームみたいで評判が悪い)。もう節操という言葉を語ることすら空しくなってきます。まあ、ゴジラと言っても「シン・ゴジラ」ですから、どうでもいいという気もしてきますが。
 

Re: アニメでガメラをやるかもしれません 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/02/12 (Wed) 19:54:50

 たとえアニメであってもその描写力やストーリーが十分鑑賞に堪えうるものであれば名作になるかもしれません。

と、ちょっと前に書いた文章を繰り返してみる・・・。

ともあれ、なんじぇいさんの情報提供に感謝します。
 どうなんでしょう、商標の第9類(電気制御用の機械器具とのこと)をやり直して「アニメーションを内容とする記録済み媒体及び動画ファイル」も含めただけ、とも読めます。
ガメラの商標第9類出願が初めてというわけではないでしょうから、アニメ云々が今回追加されたのかどうかもわからないですよね。
KADOKAWAがアニメガメラを始動させるのかどうかはなんとも言えないところでは・・・。

 そして、ガメラを再び作るのではあれば、実写・アニメ問わず、本来のガメラにするのでなければ願い下げというところです。
『大怪獣決闘ガメラ対バルゴン』は例外的作品で、第一作『大怪獣ガメラ』からすでに曖昧な形ではありながらガメラと子供の繋がりを取り入れているのですから、
子供の味方、ないし人間の子供とは心が通じるという設定は必須でしょう。

 ただ、元祖ガメラが成り立ったのは、東宝がきちんと王道の怪獣映画を作っていたからなのかもしれません。
怪獣映画が持つ複数の魅力のうち、子供達の心を掴む要素を前面に押し出したのがガメラシリーズだったのではないかと思います。
 いま王道の怪獣映画が不在のときに元祖ガメラシリーズと同様のものを作ってもうまくいかないの、かも、と思いつつ、
いやいや『大怪獣空中戦ガメラ対ギャオス』のようなストーリーバランスを作り出せれば王道の怪獣映画でありかつ子供の味方ガメラも実現できるでしょう。

 自分が小さい頃にガメラ映画に感じた気安さを持つ怪獣映画を現代の子供達に与えたっていいじゃないかと、強く思います。

 ああ、そういえば『小さき勇者たち~ガメラ~』というのもありましたね。
子供と怪獣の繋がりを大事にした、という点では元祖ガメラに寄せたつもりなんでしょうけれど、あれは、ねぇ、シナリオがまずくて褒められたものではありません。

昔のガメラシリーズ復活のためには…… - なんじぇい (?)

2020/02/13 (Thu) 09:58:10

これの意見をTwitterや掲示板などで漁ってみましたが、驚くべき事態でした。


クリエーターや大人は、世代交代の影響もあってか、金子修介版を推すどころか、ひどい場合は(大半ですが)金子版しか見ていないようなのです。
特撮レベルの差などからどうにも子供だましという印象が抜けていないようです。
私も『バイラス』や『ジグラ』は子供の時からちょっとシナリオがひどいと思ってたりしますが……
つまりガメラはほぼ完全に乗っ取られている状態です。まだある程度初代のイメージが残っているゴジラやウルトラマンは幸せかもしれないと思ってしまいました。

私としては金子版は1はともかく3などはガメラの設定の改変などから特撮以外は駄作という感想なのですが(2もテンポこそはよいものの若干そうだと思っている)、世間では3の続きが見たいという感想も見られます。(ガメラ4は3の売り上げが良ければ作るつもりでしたが、あまり芳しくなかったので打ちきりになったというのが真相なのですが……なのでぶつ切りエンドになってしまった)
なお『小さき勇者たち』はほとんど語られていません。

大人やクリエイターは金子版ばかりを推している状態。このような事態では、ガメラの原点などは夢のまた夢といったレベルです。
子供だましというレッテルを貼られては話にもなりません。個人的にはどうにもシナリオの矛盾や特撮の時代ゆえの未熟さと、ガメラ本来の魅力をごっちゃにしている印象が見受けられます。
『ガメラ対ギャオス』は私もとても良質な怪獣映画だと思いますが、彼らに昔のガメラの魅力を伝えるにはどうすればいいのでしょうか。
個人的にはアニメガメラは昔のガメラの雰囲気や設定を維持しながら、シナリオの矛盾だけはなくせばよいとは思うのですが……




なお、あまり知られていませんが2015年に角川がガメラのショートムービーを出していました。
金子版に非常に強い影響を受けていますが、「子供の味方」という要素はしっかり持っていると言った印象です。
皆様にとってはどうなのでしょう。
恐らくですが、アニメガメラもこのような内容になるのではないかとは考えています。
https://youtu.be/fjdp36mPh_8

Re: アニメでガメラをやるかもしれません 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/02/14 (Fri) 22:11:39

 そうなんですね・・。
 元祖ガメラ、湯浅憲明監督のガメラが葬り去られてしまうとしたら大変な損失ですよ。

 ガメラ50周年記念と銘打たれたイメージビデオは公開当時にも見ていますが、
50年前の元祖ガメラが出てこないのですから詐欺みたいなものですよ。
 あれは平成ガメラ20周年ビデオでしょう。
大量発生したギャオスモドキといい、金子版を踏襲しているのは明らかですし。
 長編映画化は頓挫したみたいですね。
とにかく、ガメラ映画をもう一度作るなら原点に立ち返って欲しい。

内田勝正さん死去 - エクセルシオール (男性)

2020/02/07 (Fri) 20:25:51

 幾多の時代劇や刑事ドラマで悪役として名をはせた内田勝正さんが亡くなられました。私は結構よく時代劇を観ていたので、寂しい限りです。水戸黄門や暴れん坊将軍、松平長七郎、桃太郎等々のヒーローたちが輝くためには、悪代官や越後屋、悪の忍者等々の悪者たちが絶対不可欠でした。テレビ時代劇の黄金時代を「暗黒面」から支えた方の一人だったと考えます(なお、『水戸黄門』の悪役出演回数最多記録の保持者である)。

 そんな内田さんが一度だけゴジラ映画に出演したことがあり、それはこの方が演じたキャラの中では極めて特異でした。内田さんは『メカゴジラの逆襲』でインターポールの捜査官、村越二郎を演じておられましたが、珍しく善玉、ヒーロー役だったので驚きました。
 『メカゴジラの逆襲』は非常にシリアス色の強い作品でしたが、ブラックホール第三惑星人の野望に立ち向かう強面の村越二郎は非常に頼りがいがあるキャラでした。いろんな意味で貴重だったと考えます。

 慎んでご冥福をお祈りいたします。

Re: 内田勝正さん死去 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/02/09 (Sun) 15:35:39

 そうでした。『メカゴジラの逆襲』で悪役ではなかったことに意表を突かれたのは私も同じです。

 脇役で強烈な個性を発揮する俳優は大事な存在です。

 内田勝正さんといえば『エスパイ』での印象も強いです。
あのものすごい破壊力の銃とともに作品に華を添えていました。

 合掌

1970年1月25日 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/01/25 (Sat) 13:39:54

 あれから50年。50年分の思いを言葉にしておこうと書き始めてはみたものの、文章としてのまとまりや公の場に書くことを意識するとどうにも思いが表現されません。
一通り書いたものは破棄しました。

 最後のところだけ抜き出します。

「 フィルムが失われたものも多いとはいえ、私もまだまだ勉強不足で未見の円谷作品がたくさんあります。
つい最近『山鳩』(1957丸山誠治)や『兵六夢物語』(1943青柳信雄)を初めて見ました。
『山鳩』の煙を吐く浅間山はいまいちだったけれど、『兵六夢物語』での化けキツネによる怪異のあれこれは創造性に富んでいて十分楽しめました。
親切な女狐(デコちゃん)が小さくなってキノコの上に乗ったりエノケンさんの手のひらに乗るカットは後年の小美人の原型を見る思いでした。

 映画人円谷英二はゴジラ、ウルトラから離れたところでもっと高く評価されるべきと思います。」


 50年前のあの日は寒かった。
学校から帰って手袋を外し、ストーブに手をかざしているところへ母親が
「ゴジラのおじさん、死んじゃったよ」と教えてくれました。
 そして訃報記事の載った新聞を読みました。その新聞で円谷を「つぶらや」と読むことを知りました。

 新聞で読んだのですからそれは早くても1月26日。亡くなったのが25日の夜だったことを考えると27日だったかもしれません。
 あの日の喪失感は埋まらないまま50年が過ぎました。
 しかし円谷特撮の存在が人生を豊かにしてくれたのは間違いないこと。感謝します。

Re: 1970年1月25日 - 海軍大臣 (男性)

2020/01/25 (Sat) 17:31:28

 私も子供の頃、母親から訃報の載った夕刊を見せられて茫然としたことを思い出します。
 そして、ずっと後年(恐らく高校生ぐらいのとき)になってから、学校の図書室にあった朝日新聞の縮刷版を確認した際に、何とも扱いが小さかったことに、これまた唖然としたことがありました。
 円谷英二監督が日本映画界で果たした数々の技術的な革新を顧みますと、ギドラさんのご意見の通り、怪獣から離れた点でもっともっと評価されねばならない人物なのだと痛感しております。

 あと余談になってしまいますが、先ごろ惜しくも亡くなられた上原正三さんは、意外なことに円谷さんと話をされたことが殆どなかったそうです。既に当時、円谷さんは大変忙しくてプロダクションの方にもナカナカ顔を出されず、また、たまにお会いしても相手は何しろ雲の上の存在に感じられたため、遠くから頭を下げて挨拶するのが精々だったと聞きました。まったく意外なエピソードだと思います。

上原正三さん - なんじぇい (?)

2020/01/12 (Sun) 23:35:41

上原正三さんが亡くなられたそうです。

ウルトラシリーズに燦然と輝く大傑作、帰ってきたウルトラマンの『怪獣使いと少年』を書かれた、差別問題にも果敢に斬り込まれた方でした。

現在、『怪獣使いと少年』はここで無料公開されています。
https://galaxy.m-78.jp/tv_9-6.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=200110_uehara

謹んでご冥福をお祈りします。

Re: 上原正三さん 殿様ギドラ (男性)  URL

2020/01/14 (Tue) 16:13:27

 子供向け番組にこだわった方だったという印象です。
 意外な作品で脚本を担当していたりしてぎょっとすることもあったように覚えています。

 やすらかにおやすみください・・・・。

Re: 上原正三さん - エクセルシオール (男性)

2020/01/17 (Fri) 22:15:39

 日本の特撮やアニメの歴史を語る際、決して外すことのできない偉大な脚本家でした。時に非常に厳しい深刻な内容の話を作りながらも、子どもが観るということを決して忘れない方だったと思います。ウルトラシリーズにおける功績は金城哲夫さん、佐々木守さん、市川森一さんと並ぶものでありました。

 有名な「怪獣使いと少年」は単発だから許される異色の作品でしたが、人の差別意識、心の闇を鋭くえぐったエピソードでした(ウルトラマンの正義は全く無力だった)。今では佐々木さんの「故郷は地球」、金城さんの「ノンマルトの使者」と並び、ウルトラシリーズ三大悲劇と評されています。
 なお、『ウルトラマンメビウス』で「怪獣使いと少年」の続編が作られていましたが、非常にひどい内容で当時私は怒りに震えたものです(制作したこと自体が間違いである)。

 何というか近年は上原さんの上っ面だけを撫でたような、ただ暗いだけの作品を作って悦に入るクリエイターが増えました。情けないことです。
 
 謹んでご冥福をお祈りいたします。


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