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ギドラの巣「新」映像作品掲示板

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シリーズ・・ 殿様ギドラ (男性)  URL

2018/02/18 (Sun) 13:35:47

 この週末、ふと思い立って『怪獣大戦争』『南海の大決闘』『ゴジラの息子』をひさびさに見ました。
この三作はおそらくゴジラファンの中では評価が分かれる作品であろうと思われます。

 侵略SFストーリーに組み込まれた怪獣たち、孤島を舞台にしたことで社会対怪獣ではない構図になった二作。

 それでも私はおもしろかった。

 ゴジラ(怪獣)を使って描きうるストーリーのバリエーションとして納得できたから。
シリーズ展開のあり方としてはこれでいいんじゃないか、と思う次第です。
今回の三作では怪獣の設定や来歴を書き換えるようなことはしていません。
それでも、過去作とは違う内容を描いている。

 怪獣それぞれのアイデンティティ、ブランドを守るなら故なき改変はよくない。それぞれの性格が変わっていくことがあるとしても、
シリーズの積み重ね、その流れの中で変容するべきで、先行作との関連を断ち切って新型です、とぶち上げるのは従来のファンを切り捨てることでしょう。

 ただこれからさらにゴジラ映画を作っていくとなると、軸足をどこに置くかが難しい問題となります。

 二代目ゴジラと84以降のゴジラは別物ですし、『2000ミレニアム』以降の主役達もバラバラの存在。
全部を統合するなんて出来るわけがありません。

 それでも元祖ゴジラシリーズに学べば、やれないことはないんじゃないか、とも思えます。
基本は二代目ゴジラのつづきという態で、しかし1984年以降の作品が描いた内容を劇中で否定しなければなんとかなるん、じゃ、ないか・・。
(『vsデストロイア』でのゴジラの死をどう扱うかなんですが、そこはシレっとデストロイアという怪獣と戦ったことはあるけれどゴジラは死んでいないということで。
まあ、いちいち過去作との関連に言及する必要はないんですが)

 1984年以降の作品がまずいのは、劇中で明白に元祖ゴジラとは違う設定を説明してしまったり、二代目がいないゴジラ史を説明してしまったことだと考えています。
(それはゴジラに限らず再登場怪獣すべてに言える)

 先行作との関連は最小限の説明に止め、先行作の内容を無かったことにするような説明はやめること。
 怪獣のデザイン、設定の改変はやめること。

 上記を守るだけでより幅広い層に受け入れられるシリーズ展開が可能だと思うんですが、そういう形の新作はついぞ現れませんねぇ。

(このところゴジラの話ばかり書いておりますが、最近見た映画で予想以上に良かったのは『沈黙-サイレンス-』。公開当時注目していたものの、劇場には行かず、
BS放送で録画して鑑賞しました。マーチン・スコセッシはときどき名作を作りますね。この映画、多角的な視点で人間の問題・宗教の問題を描いていて深みがあります。
また、リアリズムを大事にした描写もあっぱれ!)

Re: シリーズ・・ - なんじぇい (?)

2018/02/18 (Sun) 20:13:38

私も初代ゴジラや2代目ゴジラから逸脱しない、あくまで基盤にしたアレンジ程度ならいいと思っていますが、明らかに別物のゴジラが作られるのはなんとも釈然としがたいものを感じています。


>『vsデストロイア』でのゴジラの死をどう扱うかなんですが、そこはシレっとデストロイアという怪獣と戦ったことはあるけれどゴジラは死んでいないということで。

ただ、これはどうなのかなあ、とも感じます。
これをやってしまうことは『ゴジラVSデストロイア』の劇中で描かれたことの否定に繋がり、機龍2部作でゴジラの骨が溶けなかったことにしたことの二の轍を踏んでしまうのではないでしょうか。
例えVSシリーズであったとしても、劇中の事実や設定をなかったことにするのは設定であってもいけないことなような気がしてなりません。(少なくともVSシリーズのファンはいい気がしないでしょう)


あと……
実は『シン・ゴジラ』は過去のゴジラシリーズと繋げることが出来るようになっています。
というのも『シン・ゴジラ』は、遠い未来である約10000年後の出来事なのです。
劇中で牧悟郎の経歴を矢口が見ている場面で、彼が大学の教授に就任したのが11979年、日日新聞学術賞を受賞したのが11992年などとと書かれてあります。確認してみたら分かると思います。
なんでそんなことにしたのかは庵野氏に聞かない限り分かりませんが(私はこの世界が現実ではないことをアピールしていると思っていますが)、『シン・ゴジラ』は遠い1万年後の未来の出来事なので、過去に初代ゴジラや2代目ゴジラなどがやって来たことなど皆知らないということにしておけばゴジラシリーズ的には何も問題ないように思います(庵野氏の意図もそうなのかもしれない)。

『シン・ゴジラ』の舞台が10000年後の理由… - なんじぇい (?)

2018/02/19 (Mon) 19:03:13

ちょっと追記です。

私は『シン・ゴジラ』の舞台が1万年後であることについては以前ギドラ様が『怪獣総進撃』で語っておられましたように、今の人類の科学ではゴジラを倒せず、未来の出来事の怪獣映画の終着点として描こうとしたのではないかと思っています(ゴジラと共存云々の台詞があるので)。
あるいは1万年後とすることで、「リアルじゃない」という批判に「1万年後なんだしそりゃリアルじゃないよ」と逃げを打つためなのかもしれません。
過去のゴジラシリーズと繋げても問題ないように、庵野氏がそうした可能性もあります。

なんとも真相は分かりませんが、「シン・ゴジラ」の舞台を1万年後としたことについてどう思うかは皆様に聞いてみたいです(話題がずれてすみません)



シリーズ展開の話については、私の意見としては2代目ゴジラの後にVSゴジラが出現した、その後にミレニアムシリーズのゴジラが現れた、シン・ゴジラは遥かに未来の話である……などとする方がまだよいのではないか、と思います。
これでも2代目ゴジラの続編を作ることは可能なはずです。
ただし問題は『×メガギラス』(初代ゴジラが生きてる)と『GMK』(設定が根本から違う)『GMMG』(初代ゴジラの骨が残っている)なんですね。
この3つはどう頑張っても繋げることができません。『シン・ゴジラ』の時のような逃げも使えません。
いっそのこと、この3作はシリーズ展開に入れない外伝ということにしても問題ないんじゃないか、とすら思います。

改めて、過去作の設定をコロコロ変えるのはやめるべきだと言いたいですね。

Re: シリーズ・・ - エクセルシオール (男性)

2018/02/19 (Mon) 21:14:59

 『シン・ゴジラ』の舞台が「1万年後」であることが匂わされているシーンは私も確認しました。とはいえ、1秒程度しかないシーンであり(静止しないと分からない)、いったい何を意図して設けられたものか理解できません。そもそも気付く人がほとんどいないでしょうし、まさに「オタク的趣向」というほかありません。なお、私は最初は単なる誤植ではないかと思いましたが、カヨコ初登場時の英文資料の年代も1万年プラスされていたので、これは意図的なものと判断できます。

 仮に本当に1万年後の世界を舞台にしているとすれば、ふざけた話です。1万年というのは現代と石器時代ほどの時間差です。しかし、描かれている世界は現実の日本と大差ありません。これをもって「この世界は1万年後なので、現実の日本とは関係ありません」と言うとすれば、あまりにもひどい言い訳です。
 無理矢理に説明をつけようとすれば、一旦文明が滅び原始時代に逆戻りしてしまった。その後、再び現代のようなレベルにまで戻ったとでもすればつじつまが合いますが、そのことが物語に係らない以上無意味です。

 というわけで、私は『シン・ゴジラ』の世界が1万年後であったかもしれないということには、この映画のダメな部分が一つ増えたという評価になります。
 しかし、よりにもよって1万年後とは・・・。それがスタッフの意図であるとすれば、この映画を絶賛していた人は「梯子を外された」と思うのではないでしょうかね。もっとも、批判的な見方をしている私も少々気が抜けてしまいましたが。

 シリーズ化のありかたについては、緩やかな一定の基準を設けて作品を制作していくことが重要だと考えます。ガチガチに基準をを固めすぎると創作の活力が失われるおそれがありますし、逆に何でもかんでも容認すると「ゴジラ」の意味がなくなってしまいますから。
 たとえとしては奇妙かもしれませんが、時代劇の金字塔『水戸黄門』は一定期間ごとに作品世界を部分的にリセットしていました。しかし、同時に物語の基本部分はゆるがせにしませんでした(例えば突然必殺仕事人みたいな作風になるようなことはけしてない)。ゴジラの場合も同じように考えるべきでしょう。
 
 過去作すべてを整合的に解釈するのははっきり言って無理ですし、そうしなければならない理由もないですが、それぞれの映画の要素要素を暗示的に活用したり、スタッフが心にとめて作品を作っていくだけでも、一つのシリーズとしてのおおらかな一体性は保てると思います。もっとも、どうしようもないものも幾つかありますが、それは「番外編」扱いでよいのではないでしょうか。

Re: シリーズ・・ - なんじぇい (?)

2018/02/20 (Tue) 04:08:21

>それがスタッフの意図であるとすれば、この映画を絶賛していた人は「梯子を外された」と思うのではないでしょうかね。

案外、オタク達の梯子を外すためにそうした可能性もありますね。というのも、意外かもしれませんが庵野氏は昔からオタクに対して否定的な感情を示していることが作品やインタビューでたびたび見られます。


http://rickyreports.jp/archives/annohideaki/
例えばこのインタビューから抜き出します。

>テレビ版エヴァンゲリオンの終盤で、日本のオタクはそろそろ現実に帰るべきだと発言されていました。それ以降、何かしら監督自身の考えが変わりましたか?

>基本は変わっていないのですけど、テレビの時はそれを全面に押し出していました。今は一種のあきらめがあり、全面に押し出すところまではないです。
>そういうことをしても人は変わらず、今から見れば余計なお世話だったかなと思いますけど、あの頃はそれが必要だったと思うのです。必要なメッセージを必要なときに出そうとは思いますけど、今は違うメッセージの方が大きいです。

なので、わざと10000年後などという大法螺設定にして、考察しても無駄だということを示したのかもしれません。

もっとも真相が不明すぎるため、なぜ1万年後なのかに関してはどうにも妄想の域を出ません。
ちなみに熱心なファンは「石原さとみの喋り方がおかしいのも1万年後なら納得だ」
「1万年後なら防衛出動云々、ヤシオリ作戦等の大抵の矛盾も解決する」
「あの世界は一度滅亡したか、ループしているに違いない。いやもっと何か深い意味があるのかも」
「ウルトラセブンの狙われた街の最後のセリフと同じ意味であり、現代の愚かさを皮肉っている(「でもご安心下さい、このお話は遠い遠い未来の~」のアレ)。事実ゴジラは現実では倒せないと庵野氏は発言している」などと肯定的な考えのようです。
私は10000年後に関しては取り立ててよいとも悪いとも思いませんが、ただ見た瞬間に脱力してしまったとだけ書いておきます。


シリーズ化に関しましては、私もエクセルシオール様の意見とほぼ同じです。
『シン・ゴジラ』をどうすべきかは迷いますが、庵野氏に1万年後などの真意を色々尋ねて、「実は過去のゴジラシリーズと繋がっている」と言ったとしたら初代ゴジラから約1万年後の世界ということでいいんじゃないですか、とだけ……

Re: シリーズ・・ 殿様ギドラ (男性)  URL

2018/02/20 (Tue) 18:44:33

 もちろんもちろん、ゴジラシリーズすべてのストーリーを矛盾無くつなぐなんて出来っこないんですよ。
創作上の仁義を貫くなら、初代ゴジラ二代目ゴジラの世界を引き継ぐのが当然で、そこから外れたものは無視して構わないのです。
けれどもvsゴジラにも人気があり、vsゴジラファンを切り捨てるのも忍びないと思うんですよね。
(vsゴジラは生物としての設定が元祖ゴジラとは別物なので、パラレルワールドの別個体だと考えることも出来ないのだが・・)

 私が、元祖ゴジラシリーズに学べばなんとかなるんじゃないか、と書いたのは、
元祖ゴジラシリーズでは『ゴジラ』『ゴジラの逆襲』の二作はストーリー上も完全に続き物で、山根博士が双方に登場しますが、
その後の作品では劇中で先行作のストーリーについて言及することはほとんどありません。
共通の登場人物もなく、ただ先行作に登場した怪獣については社会的に認知されている、という形で繋がりを作っています。
 注意深く見ていくと、怪獣の動向に関してははっきりと先行作の内容を説明していることには気がつきます。
私はここに、人間が織りなしたドラマより怪獣のドラマを重視する姿勢を感じます。とはいえ、『怪獣大戦争』で「かつて地球はゴジラ・ラドンの力で
キングギドラを追い払った」と統制官は指摘しますが、モスラの話はしません。この絶妙な曖昧さに学ぶべしと思うのです。

 過去作と断絶せず、しかし、完全な連続物にはしないことでどうにかまとめ上げられないか、と。
まあ、なんとかしようと思ったら、やはりvsゴジラは別個体とするしかないんでしょうね。二代目とは別のヤツが出現した時代があった、と。
その子供(ゴジラジュニア)は健在なりってな塩梅で・・・。でも生物上の設定は元祖ゴジラに準じて欲しい。そこは改変ということになっちゃうかもしれないけれど、
84で改変されてしまった設定を元に戻すのだから、vsゴジラファンのみなさんも許してよ、と。(ダメ?)
(ガチガチにつなぐのは絶対出来ないんです。vsシリーズ自体の矛盾が甚だしいので)

 さて、『シン・ゴジラ』一万年後問題。
これ、今回指摘して頂くまで気がついていませんでした。ありがとうございました。

 あの世界が一万年後の地球を舞台にしているのだ、ということになると、エクセルシオールさんのご意見に賛成です。

 私は別の見方もしました。一万年後の話なのではなくて、あの世界では西暦(キリスト生誕の翌年を元年とする)とは別の暦を使っているというほのめかしではないか。
一万年後に、我々の近代世界とそっくりな状況を地球人類が再演していると考えるのには無理があります。
あの数字が西暦ではないなにかの暦だとすれば、まあ、なんのことはない、我々の世界とは別の架空の世界ですよ、と言っているだけのことになります。
ストーリーが架空なのは当然として、世界も架空なんですよ、と。

 「現実対虚構」というキャッチコピーを誰が考えたのか知りませんが、ひどい詐欺ですね。

 劇中のおかしなことを指摘されても、別世界の話だから、と逃げられるわけです。それこそ物理法則すら別物かも知れない。
じゃ、何を描けたのか? どこにも軸がないことになりますよ。

 まったく馬鹿馬鹿しい。

Re: 1万年問題 - 海軍大臣 (男性)

2018/02/20 (Tue) 20:41:10

 この手の問題をどうしても深読みしていまい勝ちなのは私たちのサガなのだと思いますが、案外、今回の問題は監督の預かり知らぬところでスタッフが勝手にやってしまった「おふざけ」のような気がしないでもありません。
 確か大森監督のゴジラの中でも劇中の文章に、何故か「パトレーバー」に出てくる地球防衛軍なる過激な自然保護団体に言及しているものがあったと記憶します。あれも単に美術さんの「おふざけ」だったそうです。
 黒澤監督や伊丹十三監督みたいに、セットや小道具の隅々にまで目を光らせられる演出者というのはまずいらっしゃらないみたいです。ハッキリと観客の目に触れてしまうような何か問題点でも無い限り、古沢憲吾監督じゃありませんが、「少々のことはガマンする」といった感じで撮ってしまうのが実情なのでしょうね。勿論、ゴロウ・マキの履歴書の中にヤクザ映画用の果たし状でも入っていたなら、流石の庵野監督も激怒したかも知れませんけれど。

Re: シリーズ・・ - なんじぇい (?)

2018/02/20 (Tue) 21:18:42

>「現実対虚構」というキャッチコピーを誰が考えたのか知りませんが、ひどい詐欺ですね。

これは言われてみれば全くその通りですね。ギドラ様とエクセルシオール様の意見のどちらを採用しても「虚構対虚構」ではないかと言いたくなります。
ちなみにこのキャッチコピーを考えたのは庵野氏です。『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』のインタビューに書かれてあったのを覚えています。なぜこのキャッチコピーにしたのかは、もう読んだのが昔のことなので忘れてしまいましたが。
庵野氏に何故そんなキャッチコピーを付けたのか、1万年後の真意はなんなのか尋ねてみたいところです。(まあ出来るわけないんですが)

海軍大臣様のご意見ですが、庵野氏は血液凝固剤の虚構の薬剤の細かい名前も全て自らが名付けた(名前は庵野氏の好きな『仮面ライダーファイズ』から取ったそうです)上に、カットはプリヴィズ通りに撮ることを厳命していたので、庵野氏は相当な凝り性でしょう。
また、彼が自ら編集し完全監修した『ジ・アート』にも同じ書類がありましたので、庵野氏の演出なのはまず間違いないかと思います。




>でも生物上の設定は元祖ゴジラに準じて欲しい。そこは改変ということになっちゃうかもしれないけれど
これも賛成です。この部分に関しては私も変えていいとも思います。
ただVSゴジラは放射能を食料とする、というのは無くしたら『VSデストロイア』のラストが台無しになってしまうことになる上に(好きな作品なのです)、既存の設定とも矛盾しませんので(放射能も食えるという事にしたら問題ないかと思います)、残してほしいなあ……とも感じています。

個人的にはゴジラになったゴジラジュニアと、2代目ゴジラの共演が見てみたいですね。
映画化したら2代目のファンとVSファンがこぞって見に来るのではないでしょうか。
新しいゴジラを作る事ばかりではなく、これまでのゴジラを大事にしてほしいと思います。




最後に疑問に思ったことなのですが、『ゴジラ FINAL WARS』に関しては「緩くつながっている」に入るのでしょうか。
オープニングでちょろっと各作品のゴジラが出てきていた上にゲゾラやガイラなどの過去の怪獣災害により地球防衛軍が出来た。と劇中では言われていますので。


それと、今のご時世ではどうしても『シン・ゴジラ』に触れないわけにはいきませんが、あの扱いはどうしたらいいのかも迷います。
賛否両論と言えどあれほどヒットを飛ばしたので、ファンの数はVSゴジラかそれ以上にいるとみられ、なんとも悩ましい限りです。
東宝としても、『シン・ゴジラ』のファンを利用したいという目論見はあるでしょうし、(できればあのゴジラを使ってほしくないんですが)完全に切り捨てるというのは商業主義的にはありえない気がしてしまって……
全く難しい話です。

Re: そう云われてみれば・・ - 海軍大臣 (男性)

2018/02/21 (Wed) 00:15:53

>海軍大臣様のご意見ですが、庵野氏は血液凝固剤の虚構の 薬剤の細かい名前も全て自らが名付けた(名前は庵野氏の 好きな『仮面ライダーファイズ』から取ったそうです)上 に、カットはプリヴィズ通りに撮ることを厳命していたの で、庵野氏は相当な凝り性でしょう。

 すっかり忘失していましたが、【シン・ゴジラ】の撮影中、庵野監督は周囲のスタッフやキャストとは一切コミニケーションを取らず、その日の作業が終わるとサッサと現場を後にされていたと聞いています。要するに自身の演出方針を貫き通すため、「馴れ合い」に陥ることを徹底的に避けていたようです。
 確かに、そこまでストイックな姿勢を保ち続けられた位なのですから、画面に現れる全てのものを自身が統括されていてもオカシクありませんね。(そうした総監督とスタッフ、キャストの間を取り持たれて苦労されたのが樋口さんだったそうです。)

 また、
>過去作と断絶せず、しかし、完全な連続物にはしないこ とでどうにかまとめ上げられないか、と。

 とのギドラ様のご意見につきましては、私も好ましいものと判断します。ガチガチの連続したストーリーにしてしまうことは、前作を観ていない観客に対して敷居を高くしてしまうような気がしてなりません。
 適切な例かは判りませんが、嘗て大人気だった【網走番外地】や【昭和残侠伝】といったシリーズものは、第1作目から見ていなくても決して観客を拒絶することのない作りになっていたことが思い出されるからです。
 確か【ゴジラVSビオランテ】の公開直後に、「どうやら次は【モスラ】をやるらしいぞ」といった噂が流れた時、その新作モスラも含めて東宝はゴジラを連続した大河シリーズにする意向だとする話を聞いて、仲間たちと「スターウオーズじゃあるまいに、何で客層を狭めるようなことをやるんだろう?」と文句を言い合ったことを思い出してしまいました。

シン・ゴジラ1万年問題の正体が分かりました - なんじぇい (?)

2018/02/23 (Fri) 21:22:54

人類紀元、という暦の表し方だそうです。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E7%B4%80%E5%85%83
つまり、ギドラ様の見方が正しかったということになります。
あの世界は人類紀元を採用している以上、異世界ということなのでしょうね。
また庵野氏はグレゴリオ暦ではなく人類紀元を採用せよ、と暗に呼び掛けているのかもしれません。
それにしても『シン・ゴジラ』は今回のようにやたらと難しい単語やマイナーな言葉を並べていることが多いですね。



よろしければ前の質問に答えていただけると、嬉しいです。『シン・ゴジラ』の扱いについてはなんともいい案が思い浮かばず……

Re: シリーズ・・ - 海軍大臣 (男性)

2018/02/24 (Sat) 07:31:58

 なんじぇい様の仰る、

>よろしければ前の質問に答えていただけると、嬉しいです。

 とは、【ファイナルウォーズ】が、過去のシリーズと緩く繋がっているかということでしょうか?

 個人的な見解としては、冒頭のナレーションで、「1954年に初めて姿を現して以来、何度となく人類を云々」と語られている部分を、有り合わせの映像を流用して表現しているだけのものの様に感じています。(他の怪獣の映像も同様かと)
 元々、平成ミレニアム・シリーズは過去作品との繋がりなどを考えずに「リセットに継ぐリセット」で作品世界を展開してきていますし、監督ご本人も然程、東宝作品への思い入れを持たている訳でもないので、深読みするだけ骨折り損だと感じております。

 また件の【シン・ゴジラ】ですけれど、

>それにしても『シン・ゴジラ』は今回のようにやたらと難しい単語やマイナーな言葉を並べていることが多いですね。

 と御自身がお書きになられているように、庵野監督は作中にそうしたペダントリーを盛り込むことで、「ファン」にしろ「アンチ」にしろ、自作が話題になれることを計算されているのではないでしょうか?
 現在、こうして私たちがそうした点を話し合っていること自体が、あの人物の思う壺に嵌まって、掌で踊らされているみたいで、何だか忸怩たる思いに駆られてしまうのですが。

確かに……(長文ごめんなさい) - なんじぇい (?)

2018/02/24 (Sat) 19:09:11

確かに北村監督はゴジラに詳しい方ではありませんし、そう言われてみれば海軍大臣様の言う通りですね。
1万年問題も全く同感です。庵野氏はそのように人に話題になることを第一に考えて『シン・ゴジラ』を作ったのではないかと思います。ゴジラの変態もそれを狙ってのことだと思います。
それは商売のやり方としては極めて正しいのですが、作品の出来としては酷いものだと思っています。
まあこの世界では売れたものが正義というところでもありますから庵野氏の作劇法を全否定するわけではありませんが、好きにはなれませんとここではっきり申し上げておきます。





ですが、私の言いたいことが文章の下手さから、あまり伝わっていなかったようです。
それは、ゴジラシリーズにおける『シン・ゴジラ』の扱い方、ひとえにゴジラファンのまとめ方です。

『シン・ゴジラ』は賛否両論はありながらも『賛』が多数を占めているのが極めて厄介なところであり、また『シン・ゴジラ』から入ってきたファンが大勢いることを実感させられます。
5ちゃんねるで会話をしていても『シン・ゴジラ』の話題になったとたんに乱戦状態が勃発し、ゴジラファンは完全に分裂状態という悲しい状況です。

テーマを1つに絞って科学的な間違いを指摘しても「裏設定の本を読めばこうこうと書いているから問題ない(ゴジラの動力は原子力電池で、ゴジラが凍ったのは-196度と言っているので液体窒素で全身を凍らせたのだろうなどと述べていました)」「このように脳内で解釈したら成り立つだろう」などと返されるだけ。
このようなものはゴジラではない、と主張しても、『シン・ゴジラ』から入った人には意味をなしません。しかも最近はどうやらエメリッヒゴジラも「こういうゴジラもいい」と再評価されてしまっているようです。
政治的にもおかしい、と指摘しても、「ゴジラが東京を焼いてからは現実と虚構が逆転しており、災害という現実に対し巨災対と矢口、理想の日本という虚構が解決する話なのだ。半減期が短いのは東宝が横槍を入れた為でそれだけが残念だ」などと言ってきます。
それに対して反論しても、矢継ぎ早にまた新たな解釈(あの映画はわざと曖昧で複雑怪奇な描写を多くしているので、様々な解釈ができるのでしょう……)で反論してくるという地獄絵図です。



このような有り様はまさしく庵野氏の思惑通りの展開なのかもしれませんが、もう私は疲れはててしまいました。


1人のゴジラファンとしては『シン・ゴジラ』を認めたくはありませんが、ほとんどの映画賞を独占するほど世間で影響を与えた『シン・ゴジラ』はこれからのゴジラシリーズを作る際に無視できないのもまた事実です。
新たに『シン・ゴジラ』からのファンが入ってきた以上、東宝もそれに答えねばならないでしょう。
そのため、これからさらにおかしな方向にゴジラシリーズが動いていく可能性は非常に高いと思っています。
どうにかしなきゃという焦燥感はありますが、思い付きません。



これまでのゴジラを維持するという絶対条件のなかで、『シン・ゴジラ』のファンも納得するような新たなゴジラ映画は作れるのか。
完全に分裂してしまったゴジラファンを元に戻すことは可能なのか。
『シン・ゴジラ』のファンを説得することは可能なのか。
私の最大の心配事です。愚痴が入ってしまいすみません……


余談ですが、どうやら『シン・ゴジラ』のファンは色々作中や資料集からの情報で考察をするのが好きなようです。そのような考察ができる『深い』映画を望んでいるそうです(私は本作を全く深いと思っていませんが)。
そのような楽しみ方をするファンが大勢出てくる時点で、映画の楽しみ方が昔とは変わってるよなあ……と感じます。

Re: かくも深き断絶! - 海軍大臣 (男性)

2018/02/24 (Sat) 23:33:25

【シン・ゴジラ】を切っ掛けに入ってきたファンというのは、これ即ち「庵野ゴジラのファン」であるので、東宝が次のゴジラを作ったとしても、庵野監督が撮られない限り納得も認知もしない筈です。(聊か事例は異なりますが、今度のアニメ版ゴジラのガン無視状態から或る程度予想は立ちます)

 1984年の復活ムーブメントをリアルタイムで目の当たりにしてきた世代としては、全てのファンが納得する最大公約数的なゴジラ映画など、まず作れる筈がないと身をもって学ばされていますので、そうした希望はハナから持っていないのが正直なトコロです。(この復活ムーブメントの消長につきましては、『特撮ゼロ』創刊号に私なりに委曲を凝らした一文を書いておりますので、興味が御有りならばご覧ください)
 
 もともと70~80年代の特撮ファンにしても「第1作絶対」の原理主義的な第一世代と、割とフレキシブルな作品への嗜好を持つ我々世代とに分かれていた事実があります。私などは勿論【ゴジラ(54)】も大好きですが、一方で【ゴジラの息子】も【オール怪獣大進撃】も大好き(両作品とも当時のファンからの評価は最低でした)だと公言して憚らないタイプでした。現今の新旧ゴジラファンの相剋も、酷く乱暴な括り方をしてしまえば、これと類似しているような気がしてなりません。兎も角、こちらの領域を攻撃されない以上、必要以上に相手方の趣味や趣向を責める必要もないかと考えます。
 
 なお、余談ながら同じアニメ監督に実写のゴジラ映画を撮らせるのならば、私は原恵一監督のゴジラが観てみたいと思っております。

 
 

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