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ギドラの巣「新」映像作品掲示板

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ただいまゴジラ祭り開催中!
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久々に『シン・ゴジラ』 - エクセルシオール (男性)

2017/11/13 (Mon) 21:44:35

 昨日(11月12日)に『シン・ゴジラ』が地上波初放送となりました。何か新しい感想が抱けるかとも思いましたが、やっぱりひどい映画であると再確認させられる結果となりました。もう批判は出尽くしたようにも思いますが、少し積み残したこともあったので書いてみます。

 再視聴して一番思ったことは、石原さとみさんが気の毒すぎるということでした。カヨコ・アン・パタースン。おそらくこの映画に好意的な見方をしている人もこのキャラクターを肯定することは難しいでしょう。共感できるキャラがほぼ皆無のこの作品の中においてもカヨコの奇妙さは際立っています。その態度や言動に好意を抱くことは極めて難しいうえ、まるでマンガかアニメのような誇張されたキャラでした。脚本及び演出の罪は重いと言わねばなりません(実写とマンガ・アニメの区別もついていなかったことになる)。

 次に趣旨不明のデモ隊のシーン。ようやく彼らが何を言っていたかが判明しました。テレビ放送であったため字幕放送のスイッチを入れれば分かります(もっともそれが正確である保証はないが)。結論から言えばデモ隊は二種類います。一つは「ゴジラを倒せ」と叫んでおり、もう一つは「ゴジラは神だ」「ゴジラを守れ」と言っていました。
 正直、さらに訳の分からないことになっています。前者はまだ分かりますが、後者は完全に意味不明です。この時点でのゴジラは第三形態であり、「神」どころか単なる不細工なトカゲの親玉です。なのにそんなゴジラを神扱いする人々が数多くデモを行う・・・。スタッフの意図を量りかねます。まあ、この部分は国のため一生懸命働いている政治家、官僚、自衛官に対して、無責任な愚かな民が邪魔をしているというシーンとしか解釈できませんので、彼らの主義主張などどうでもいいのでしょう(不快極まるシーンである)。

 それから、この映画はゴジラは核攻撃で倒せるということを前提にしているという問題点がありました。「核で滅却するか、矢口プランで凍結するかどっちかしかない」という台詞は、ゴジラを核兵器で始末できないと成り立ちません。しかし、従来、核によって生まれたゴジラを核で倒すことはできないということが大前提だったはずです。しかし、その疑問を作中に見出すことはできませんでした。

 さて、最後に固まったゴジラの尻尾の先に人間のような姿の生命体がいると言うシーンについて。公式にはこれが第五形態だそうです。もはや「ゴジラ」などとは言えないシロモノですが、少なからぬ論者はこの部分を捉えて、庵野秀明総監督は「ゴジラの脅威がまだまだ続く、悲観的で深い結末を描いた」と評しています。でも、そう言えるのか?ゴジラは完全に固まっているし、核攻撃の危険が残っている以上、矢口蘭堂たちがこのままゴジラを放置するはずがない。今のうちに息の根を止めようとするでしょう。だとしたら、大した脅威とは言えないと思いますね。こうなると上記評論は「国策映画」であるとの批判をかわすための言説ではないかと思えてきます。

 上映から一年以上が経過しましたが、『シン・ゴジラ』に対する批判は相変わらず少ないままです。「シリーズ最高傑作」という歯の浮くような称賛の声が満ちたままであり、背筋が寒くなります。「最高傑作」ということは『ゴジラ(1954)』よりも上ということになりますが、そんなことがあるわけない。もちろん、興行収入の多寡で作品の出来を決めるなら別ですが、それは作品ではなく商品としての映画を評価していることになるでしょう。

Re: 久々に『シン・ゴジラ』 - 某国立大特撮サークル (女性)

2017/11/13 (Mon) 22:54:42

当界隈で少しばかりこちらのサイトが有名になっていたので失礼します。自分は近畿地方の国立大の特撮サークルに参加している者ですが、申し訳ありませんが、我々から見ると貴方は「時代に適応できなかった古い種」と認識せざるを得ません。
ゴジラは一度終了しました。それを復活させたのは他ならないローランド・エメッヒ監督であり庵野監督です。そしてそれらは時代に適応し、成功を収めました。一方の貴方はどうでしょうか。新しいゴジラに文句を垂れるだけで時流に逆らい逆張りばかり。こんなファンばかりならゴジラが終了するのも納得ですね。
我々が言えることは一つ。あなたが時代を変えることは絶対にないのですか、あなたが時代に適応するしかないと思いますよ。それができないのなら残りの短い一生を移ろいゆく時代の中、常に取り残されて過ごすしかないと思います。

Re: 真実を知ろう - 海軍大臣 (男性)

2017/11/14 (Tue) 01:52:49

 揚げ足を取るみたいで申し訳ありませんが、ローランド・エメッヒ監督は確かに【GODZILLA】を撮ってはいるけれど、必ずしも興行的成功を見ておらず、復活に寄与したとは言い難いと思います。(ギャレス・エドワード監督を引き合いに出されるならば、まだ納得できますが…)
興行的成功の意味合いでは確かに庵野監督のネームバリューは大きかったでしょうが、作品作りにあたって、実際に現場を取り纏めた功績は樋口監督に帰されるべきです。【シンゴジラ】で云うなら、ちょうど「泉ちゃん」のような役回りに徹していたと聞きます。
 また「時代に適合した」とのご意見ですが、寧ろ現在の社会不安に巧みに乗じた部分が強いように感じます。3.11での原発事故の報道をリアルタイムで見ていたときの、あの何とも言えない不安とか不気味さは6年を経た今でも私たちの中に凛冽な刷り込みとなって残っていますから、そこを突かれれば弱いです。そして今回の地上波放送が北鮮軍の核ミサイル問題による世情不安とドンピシャリなタイミングで重なったのですから、話題にならない方が不自然です。極端な考えかもしれませんが、将来、尖閣や八重山諸島あたりが中共軍の云う第一列島線に呑み込まれた頃に再度TV放映すれば、もっと高い視聴率を上げるかも知れませんね。何だかキワものみたいで嫌ですけれど。
 それから我々みたいな古いファンがいるからゴジラは終了したとのことですが、ゴジラを復活させたり終了させたりするのは製作会社の都合です。残念ながらわたしどもにはそんな大層な力は持ち合わせておりません。
 平成VSシリーズで3本目辺りから特撮パートの暴走が始まったのは、人間的なパワーバランスが原因で本編側に作品全体を掌握することが出来なくなったためです。そして【VSビオランテ】などで常に編集権を握っていた大森監督が会社子飼いの新人監督と入れ替わったのは、単に人件費の問題でした。しかも驚いたことに、大森監督が携わっていた時期でさえ、VSシリーズでは本編と特撮の監督二人を合わせたギャランティーが、一般作品の監督一人分の金額しかなかったと聞きますから、如何に作品原価を切り詰めようとしていたかが判ります。
 それでも平成VSシリーズは興行的成功を収めていたので面目こそ果たしたものの、悪影響を残したのも確かです。続く平成モスラシリーズでは、ラッシュ段階でオミットした筈の特撮カットが本編監督の知らぬ間に「トカゲのしっぽみたいに」復活していて、問題となっています。
 そしてミレニアムシリーズでは、これまでの反省から本編サイドにパワーバランスを戻したのは良いけれど、毎回作品世界の設定を変えてしまうという腰の定まらぬ弱さが成績に反映されてしまい、シリーズとしての終焉を迎えた訳です。
 結局、悲しいことに全ては企業の理論による「原価の切り詰め」即ち金銭の問題に帰結を見てしまうことになります。そんな企業の掌の上で自分が踊らされていることを、知らないのが幸せなのか否か、私たちは良く考えてみなければならないと思うのですが。


Re: Re: 真実を知ろう - 通りすがり (?)

2017/11/19 (Sun) 21:26:18

興行収入も、今後展開の見込みがないシンゴジの90億と
毎年コンスタントに稼ぎつつ、その都度経済効果・文化的影響をもたらしてきたvsシリーズの90億(キングギドラからデストロイアでそれくらい)とでは意味合いがまるで違いますからね

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